メインフレームの講師からSEへ 手帳には電話番号がびっしり
−−まずは伊藤かつらさんの経歴をを教えてください
伊藤 大学は早稲田大学教育学部で心理学でしたが、実際は早稲田大学交響楽団部でひたすらフルートばかり吹いていました。雇用機会均等法(施行後)の2年目に就職しました。私は就職時に「制服なしで、コピーを取らなくてすむ仕事がいい」というくらいのビジョンしかありませんでした。父が銀行でITをしており「これからはITだ。ITはいいぞ」と勧められ、ITは全く不勉強でしたが、ITで大量採用していたIBMに就職しました。男女の区別なく、女性でもトレーニングしてくれる会社となると、IBM一択でした。
−−1986年に施行された、男女雇用機会均等法ですね。知らない人のために補足いだだけますか?
伊藤 男性はほぼ総合職で転勤しながら出世のキャリアパスがあり、女性は現場中心の一般職しか選択肢がない状態でした。
−−IBMではどんな仕事から始めましたか?
伊藤 配属は研修事業部で、IBMのお客様にメインフレームのトレーニングをする部署でした。コンピュータを知らないところから勉強し、プレゼンを練習し、入社した年の夏からお客様相手に研修講師をしていました。
−−当時の仕事で今も役立っていることはありますか
伊藤 プレゼンテーションスキルを高めることができました。キャリアにおいてはどんな経験も糧になります。メインフレームの経験は次のシステムエンジニア(SE)で役立ちましたし、SEの経験は次のプロダクトマーケティングで力になりました。
−−全てがつながっているのですね
伊藤 若い時にいろんな業界のお客様に会えたのもよかったです。業界ごとに質問内容が違っていたり。運命的な再会もありました。SEになった時、かつて研修を熱心に受講されていたお客様の担当になったのです。すごい偶然でした。今でもお付き合いがあります。
−−仕事で性別の差を感じたことはありましたか?
伊藤 当時は全くなかったですね。普通に徹夜しましたし、トラブったら呼び出されますし。あ!一度だけありました。SEになり「新しい担当の伊藤です」とごあいさつに回ったら、1社だけ、ある会社の部長さんが私の上司に「うちは女性のSEは要らないのですよ」と電話したそうです。私の上司は「伊藤の能力に問題があるならいつでも変えますが、女性というだけでは変えません」とお客様に言ってくれたのです。
−−私は新卒でアスキー(当時はエンタープライズIT事業を行なっていた)に入ったので、ほぼ性別を気にせず仕事できたのですが、その後転職して日本のIT企業にマーケティング担当として入社したら、湯のみ茶碗を洗って、お客様にお茶を出している時間がとても長かったんです。
伊藤 さすがにそれは経験したことない(笑)
−−その会社は半年ほどで辞めました。悪気がないんですよね。また別の会社では、私が取引先にごあいさつに行くと、女性なので「自分たちが軽んじられている」と不快感を示される人もいました。
伊藤 今だったらSNSで炎上ですね(笑)。そういうunconscious bias(無意識の偏見)は今でもあります。それが当然で育ち、他の世界を知らないから。女性にもスピークアップする責任があります。ハラオチしたのは50歳を過ぎてからでしたけど。今ではそうした現場に遭遇すると相手が誰であろうと「今のはアウトですよね」と笑って指摘できるようになりました。人前ではなく本人のみにお伝えすることもあります。
−−会社の価値や評価にもつながりますものね。SEの続きを教えてください。
伊藤 研修ではVM(メインフレームOS)を教えていましたが、お客様はMVS(別のメインフレームOS)をお使いでした。最初はJCL(ジョブ制御用スクリプト言語)すら書けない状態で、お客様に「これどうすれば?」と聞いてしまう有様でした。それで当時は手帳にびっしり連絡先を書き込んでいました。お客様の現場で分からないことがあれば教えてもらう相手です。それで何とかSE時代を乗り切りました。
一番印象的だったのは「伊藤さんはうちに来たなかで最も優秀なSEですね」と言われたことです。まだ自信がなかったので「本当ですか?」と聞いたら、「誤解しないで。システムエンジニアとは言っていませんよ。セールスエンジニアとしてですよ」と。