プライバシー観点から問題視されていること
冒頭からウィレムセン氏は、「未来のプライバシーとは、実は今起きていることに他ならない」と指摘する。企業だけでなく、デジタル社会への準備を進めるあらゆる組織に、個人のプライバシーに対してどれだけ成熟した行動を取れるかが問われている。「私達はデジタルとフィジカルの境界が薄れつつあるデジタル社会に移行しているから」というのがウィレムセン氏の主張だ。これまでのプライバシーを守る活動の多くは、サイバー空間におけるデータの保護に焦点を当てたものであったが、生体認識情報の活用が進み、デジタルとフィジカルが融合した「サイバーフィジカル」システムが出現している。これに伴い、プライバシーに関する懸念は全く新しいレベルに到達することが確実である。
ウィレムセン氏は、2018年以降の米国では、バイオメトリクス情報保護法(BIPA)に基づく訴訟や和解の件数が爆発的に増加している事実を紹介した。元々、米国で生体認証データの保護を定めた法律を最初に制定したのは2008年のことで、全米ではイリノイ州が最初だという。これが昨今の個人データの収集や保存に関する法制度動向から再注目を集めている。このようなトレンドがさらに進み、訴訟権の拡大や集団請求の増加が起きるようになれば、個人のプライバシー保護と企業活動の両立は益々困難になることが予想される。
今、IoTに代わってIoB(Internet of Behavior:振る舞いのインターネット)と呼ばれる新しいトレンドが生まれている。このIoBは、今後5年以内に世界人口の半分以上に影響を及ぼすことになりそうだ。IoBは、膨大なデータの背後にある人の行動を分析するものだ。この性質があるがゆえに、データ分析のそのものではなく、その結果を受けて本人に何らかのフィードバックをし、その後の行動に影響を及ぼそうとする行為がプライバシー観点からは問題視される(図1)。
既に半IoBの例も登場している。ドライブレコーダーのデータを活用する個人向け自動車保険などは、その代表例と言えよう。最近では、街中にカメラを使った体温チェックの仕組みが日常生活に溶け込んでいる。だが、測定後の画像がどうなるかを気にすることなく、デバイスの前に立っていないだろうか。そして「ワクチンパスポート」を巡って、今も世界各国で倫理的な問題が提起され続けている。公衆衛生上のリスクと個人の自由のバランスをどう取ればいいのか。リスクレベルをモニタリングしながら、企業も政府にも適切な措置を講じる必要があるとわかる。