金融機関でも活用が広がるAI、機械学習、クラウドサービス
寺尾氏はまず、DX推進における課題として“AIの活用”を取り上げた。AIはデータドリブン経営や各種自動化、新サービスの実現においても不可欠な技術になっている。情報処理推進機構(IPA)の『DX白書 2021』によると、日本企業におけるAI技術の活用状況は20.5%に対し、米国企業は44.2%と水をあけられているという。ただし、前年度調査において日本企業は4.2%だったため、わずか1年で5倍に増加しているとも言える。
業界業種を問わずDXに注力する中、特に金融機関はここ数年でAIと機械学習への投資を拡大しているという。たとえば、銀行ではカスタマーエクスペリエンス強化のため、チャットボットやカスタマイズした商品レコメンデーションの活用を進めている。寺尾氏はその背景として、コスト効率に優れ使いやすく“スケーラブル“なAIおよび機械学習のクラウドサービスが利用できることを挙げた。
実際にNASDAQやシカゴ・マーカンタイル取引所が基幹システムを段階的にクラウドへ移行すると発表したり、ゴールドマン・サックスが新たなデータ分析クラウドサービスの提供を発表したりしている。寺尾氏はさらに、日本の金融機関のAI活用事例として、三菱UFJフィナンシャル・グループ(MUFG)、三井住友銀行、あいおいニッセイ同和損害保険、第一生命保険などの取り組みを紹介。これらは各金融機関単独の事例であるが、金融庁ではマネー・ロンダリング対策の実証事業を実施している。/p>
現時点では、高度化した手口に対応できる先進的な手法を取り入れられる金融機関は限られているが、マネー・ロンダリングやテロ資金供与などでは抜け穴に使える金融機関が狙われているため、金融業界全体での底上げが必要であるとした。
暗号データを復号することなく解析・活用可能にする「秘密計算」
活用が加速していく一方で、ビッグデータやAI活用には問題点も存在する。機械学習やAIモデルの精度向上には膨大なデータを使った学習が必要で、従来は対象のデータを1ヵ所に集めて学習させていた。しかし、実証事業のように大量のデータを使う場合や、複数企業から学習データを提供される場合、あるいは個人情報などの慎重な取り扱いが必要な場合には、データを一ヵ所に集めることは大きなリスクとなる。
従来の暗号技術はデータの通信や保管時だけに対応しており、分析や検索、共有を行う際は、暗号を解除して生データの状態で処理が行われていた。データ漏えいを前提に匿名化すると精度が低くなってしまうため、自社内の閉じたシステム環境下で時間をかけてデータ分析を行っているのが現実である。
こうした課題に対応する対応策の一つが「秘密計算」である。秘密計算とは、収集したデータの暗号化を解くことなく、解析や活用を可能にするもの。AIの活用には「データの不在」と「データの秘匿」が課題となっており、データの不在を補うため企業同士がデータを共有する“データ流通エコシステム”の創設が進んでいるが、機密性の高いデータの取得と共有が障壁となっている。
また、秘密計算においてデータそのものは共有せず、アルゴリズムを仮想的に共有することでデータを共有しているかのように学習が行える「連合学習(Federated learning)」も特長だという。これにより、「データの不在」と「データの秘匿性」の課題を解決できる。
さらに秘密計算は、通信・保管・活用のライフサイクル全般について保護することも可能だ。寺尾氏は2つの秘密計算の方式と事例を紹介し、秘密計算に、暗号化したまま分析する「準同型暗号」と、情報を分割した状態で利用する「秘密分散」があると説明する。前者は東日本旅客鉄道(JR東日本)のICカード乗車券「Suica」で使用されており、後者は三菱UFJ銀行などが不正送金の未然防止に活用しているという。