相手の立場に立って「いかにわかりやすく伝えるか」が大事
サイバーセキュリティに多少なりとも関わっている方であれば、辻さんの名前はきっとどこかで耳にしたことがあるだろう。サイバーセキュリティの話題は門外漢にとって、どうしても難解でハードルが高く感じられがちだが、専門家以外の一般の人々にもセキュリティの重要性や勘所をわかりやすく噛み砕いて説明できる「セキュリティの伝道師」として、現在さまざまなメディアに引っ張りだこだ。
一例を挙げればテレビ番組への出演はもちろん、一般向けのセキュリティ解説本を複数冊上梓して好評を博したり、はたまた映画の技術監修を務めたり、最近では経済産業省の情報セキュリティ対策専門官や警視庁のサイバーセキュリティアドバイザーを務めるなど、実に多方面に渡って活動の幅を広げている。
現在はSBテクノロジーでプリンシパルセキュリティリサーチャーを務めている辻さんだが、元々はセキュリティ診断やペネトレーションテストの専門家としてセキュリティ技術者としてのキャリアをスタートさせた。地元である大阪の専門学校在籍中に独自にセキュリティの研究を始め、卒業後は上京してセキュリティ専門企業でペネトレーションテストの仕事に従事。
当初はセキュリティの技術的な側面に深く傾倒していた辻さんだったが、とある出来事をきっかけに認識を一変させたという。
「ある日、お客様先で診断結果を報告したとき、事前に入念に情報を整理して報告したにも関わらず、終わった瞬間に『で、危ないの? それとも危なくないの?』の一言だけだったんです。『せっかく準備したのに!』とショックを受けたのですが、よくよく考えてみればお客様にとっては技術に関する細かな話より、『自分たちが具体的に何をすべきなのか』が最も重要なんですよね。そのことに気づかされました」
それ以降、辻さんは自身の仕事の方向性をがらりと変える。クライアントに「具体的に何をするべきか」をわかりやすく提案するために、わかりやすい報告を心掛け、提供するサービスの内容も根本から見直すようになった。
念願叶った「an・an」への出演、セキュリティを“イケてる”仕事に
二度目の転機は、その後転職した先でセキュリティ診断の専門家として働いていたときに訪れた。当時既にセキュリティ診断のエキスパートとして一目置かれる存在になっていた辻さんだったが、同時にある種の閉そく感にも苛まれていたという。
「その頃になると診断業務だけではなく、人前に立ってセキュリティ全般について話す機会も増えてきたのですが、私のことを『診断の専門家』ではなく『セキュリティの専門家』としてとらえているわけです。その期待に応えるためには、診断以外の分野についてもっと知見を広めなければいけないなと感じていました」
そんな折、国際的なハッカー集団とも報道されている「アノニマス」の存在が一般にも広く知れわたるようになり、メディアでも盛んに取り上げられるようになった。実は報道が過熱する以前から興味を持っていた辻さんは、独自にアノニマスについて調査を進めており、その実態がメディアで紹介されているものとは大きくかけ離れていることがわかったという。このことが、辻さんを現在の「リサーチャー」「エバンジェリスト」の道へと誘うきっかけとなった。
「アノニマスの調査をきっかけに、『専門家としてしっかり調査して正しい情報を伝えること』に関心を持つようになりました。それに診断の仕事はこれからどんどん自動化が進んで、人の手が介在する部分が減っていきます。であれば、人にしかできない『伝える仕事』にシフトしていくべきだと考えました」
その後2014年にSBテクノロジーに転職して以降は、『調査して伝える』ことをミッションに掲げ、リサーチャーとしての仕事に専念するようになった。実はちょうどそのタイミングで、弊誌では辻さんにインタビューを行っている。その模様は別途『イケてるセキュリティ男子に、俺はなる!―ソフトバンク・テクノロジー 辻伸弘さん』にて紹介しているので、ぜひ本稿とあわせて参照されたい。
この記事の中で辻さんは、「セキュリティが世間的に“イケている仕事”として認知されるようにしたい」「そのためには『an・an』でセキュリティ男子特集が組まれるぐらいにならないといけない」と語っていたが、実は同記事が公開されてしばらく経った後、an・an出演が思いがけず実現したという。
「知人を通じてan・anからオファーをいただき、セキュリティ特集に出演させていただきました。既に当時、講演や新聞、テレビなどに出演する機会はいただいていましたが、それらの読者やオーディエンスはITやセキュリティの専門家がメインです。それ以外の層にセキュリティの関心を持ってもらうためには、一般紙やバラエティ番組などにも積極的に露出する必要性を感じていて、an・an出演はまさにその第一歩となる貴重な出来事になりました」