為替変動と物価上昇:ソフトウェアライセンス値上げの背景
──ソフトウェアライセンスの値上げについて、ユーザー企業からの質問を受ける機会が増えていると伺いました。まず、ベンダーが値上げを要請する背景から教えてください。
2023年4月にガートナーが実施した調査結果からは、SaaS契約者の不満が増大している傾向が8割を超え、満足している人の方が少ない状況でした。不満の主な原因はライセンスやサポート料金の値上げにあります。その他には、プロセッサー課金からユーザー課金への変更のような、突然のあるいは一方的な契約ポリシーの変更を通知されたことが上位の理由に挙がっています。
ベンダーが値上げを求める理由の1つは円安です。2021年には110円台で推移していたものがピーク時は150円台になるなど、ここ2年で急激に円安が進行しました。元々、日本企業は海外のソフトウェアベンダーの製品を多く採用しているので、為替変動の影響を受けやすい。例えば、為替レートが1ドル120円から140円に動くと、単純計算で16.7%のドルの価値上昇になります。
そして、もう1つの理由が物価の上昇です。IT調達で言えば、世界的なエンジニア不足による人件費の高騰はもとより、データセンター建設の資材調達コスト、センター運営にかかる電力料金の上昇が影響してくる。2023年から日本でも物価上昇が顕著ですが、米国や欧州の物価上昇率はそれ以上の水準で、海外ベンダーは価格を見直さざるを得ない。2・3年前と比べて、30〜50%のライセンス価格アップを要求するベンダーもいると聞いています。
──SaaSだけでなく、オンプレミス製品も含めてライセンス価格は値上げの傾向にあるということですか。
ソフトウェアライセンス全般的に言える傾向です。ITに限らず、昨今の調達はグローバルな経済情勢の影響を受け、本来であれば円滑に得られたはずの材の調達が困難になっています。IT調達という意味では、以前から海外のメガベンダーとの取引の比重が大きかったことが影響しているのですが、だからといって、日本のベンダーとの取引で、現在の契約条件を維持できるとも限らない。ベンダーが全般的に値上げ要請を持ちかけてくる経済環境ということです。
ベンダー値上げ要求への効果的な交渉術
──だとすると、最初から値上げありきで、話をしようとするベンダーもいませんか。
一概に「便乗値上げ」とは言い切れないところがありますが、多くのベンダーが値上げに踏み切っていて、交渉をしやすい環境になっていることは確かです。ユーザー企業としては、持ちかけられた値上げの提案を拒否することを考えてしまいますが、基幹システムを構成するソフトウェアのように、実際にはすぐに他社のソフトウェアに移行することは現実的ではないでしょう。むしろ重要なのは、ベンダーに値上げの理由について納得のいくような説明を求めることです。また、早い段階で「これまでの価格から30%上昇の改訂になりますが、この機会に3年契約を選んでいただけるのであれば、値上げ幅を10%に留めることが可能です」と言われるような場合もあるようです。ここでも安易な妥協をしないことが重要です。
──30%から10%に値上げ幅が小さくなると聞くと、それで手を打ちたくなるかもしれませんよね。
「なぜ30%なのか?」と、数字の根拠の説明を求めることが必要です。為替が理由という回答だとしたら、「以前の想定為替レートはいくらだったのか?新価格での想定為替レートはいくらとみているのか?」を確認するべきですし、物価上昇が理由という回答の場合は「どの地域の何の価格上昇を反映しての値上げなのか?」を確認するべきでしょう。それに、日頃からライセンスの棚卸しをしていて、余分なライセンスがあったら、もっと値上げ幅を小さくすることだってできるかもしれません。
私が相談を受けた時の対応策としてお勧めしているのが、「リスク管理の4原則」に基づき、複合的な対応を行うことです。個々の対策はいろいろなものが考えられますが、まずは受容すること。ベンダーからの説明のうち、合理的な根拠がある分の値上げは、ビジネスリスクとして受け入れざるを得ないと思います。一方で、合理的な説明ができない分まで受け入れるのはどうか。ベンダーの言い分を鵜呑みにするべきではないでしょう。要は、すぐにベンダーを呼んで契約交渉を行うのではなく、双方が必要な議論をする時間が必要ということです。それから、合理的な意思決定を行うには、IT部門単独ではなく、交渉のノウハウを持つ調達部門や経理部門の意見を聞くようにしたいところです。