大企業も目を向け始めた SaaS型ERPの潮流に変化
2016年のサービス提供当初から、SaaS型業務アプリケーションの開発・販売に特化したビジネスモデルで業績を伸ばし続けているjinjer。同社が提供するクラウド型人事労務システム「ジンジャー」は、「人事労務」「勤怠管理」「給与計算」といった人事労務部門の業務に特化したSaaS型のERP製品として、これまで中堅・中小企業から大手企業まで規模を問わずに数多く導入されている。
同社が主戦場とする人事労務向けのSaaS市場は、長らく「中堅・中小企業向けの軽量・安価なソリューション」が大半を占めていた状況とも言えるだろう。それが直近10年間で働き方改革やDX、コロナ禍、さらには近年注目を集める「人的資本経営」など、さまざまな環境変化を経たことで、ようやく大手企業での利用にも耐え得る製品が増えてきた。
本田氏によれば、ジンジャーも開発当初は中堅企業を主なユーザー層として想定していたという。
「2016年当時、人事労務向けのSaaS市場は、社員数100名以下の企業をターゲットにした製品が大半を占めていました。そこで弊社は差別化を図るために、100~1,000名規模の企業での利用を前提としてリリースしましたが、2020年頃には大手企業がSaaSの導入メリットに目を向け始めたことを受けてプロダクトの改修を行っています」
SaaS型ERPは従来のパッケージ製品と比べ、既存業務にシステム仕様をフィットさせるためのカスタマイズやアドオン開発の余地が極めて少なく、むしろ業務をシステムにあわせて変更することで「業務の標準化」「ベストプラクティスの導入」といったメリットを享受できる。
一方、多くの大手企業では、スクラッチ開発やパッケージ製品のカスタマイズありきでシステムを構築し、長年に亘って運用し続けてきた。そのため「Fit to Standard」のように業務プロセス自体を変更してまでSaaS型ERPを利用することに消極的だ。
また、人事労務部門を「コストセンター」と見なしてきた節もあるため、システム導入の目的もコスト削減や業務効率向上に主眼が置かれてしまい、そもそも“付加価値のある”システム投資が可能な業務領域だと捉えられなかった。こうした要因からも大手企業の人事労務部門においてSaaS型ERPがなかなか普及してこなかったと本田氏は指摘する。
もちろん「勤怠管理システム」「給与計算システム」など、特定の業務に最適化されたSaaSアプリケーションを個別導入する例は数多くあった。しかし、人事労務部門のあらゆる業務を単一のUIとデータベースのもとに統合し、かつ大手企業の利用にも耐え得るだけのスケーラビリティを備えたSaaSはあまり例がなく、ジンジャーもまさにこの領域のニーズを新たに掘り起こすべく開発された。
「大手企業の人事労務部門は勤怠や給与、採用などの業務ごとに担当者が分かれており、それぞれが個別の判断でシステムを導入することが多いため、同一部門にもかかわらずシステムが乱立してしまいます。しかし、DXに向けて全社規模でデジタル化やデータ活用を推進していくためには、個別最適化されたシステムが乱立する状況は望ましくありません」
加えて、人事労務システムの在り方を大きく見直すきっかけとなったのが、先にも挙げた「人的資本経営」の登場だ。上場企業に対して人的資本の情報開示が義務付けられるようになり、企業経営において人的資本が持つ重要性が急速に高まったことで、企業の経営陣と人事労務部門との間の距離が一気に縮まることになった。
これにともない、「人事労務領域へのシステム投資が企業価値の向上に直結する」との考えが少しずつ浸透し、人事システムやタレントマネジメントシステムなどが「HCM(Human Capital Management)システム」の名の下にあらためて注目を集めている。その結果、必然的に人事労務システムの選定基準も変わってきたと本田氏は話す。
「ジンジャーをリリースした2016年頃は、まだ『既存の運用に100%フィットする製品以外はいらない』という企業が多かったです。しかし、最近では『SaaSの標準仕様にあわせて自社の業務を標準化・スリム化し、DXや人的資本経営の潮流に積極的に対応していこう』と考える企業が増えています」