「提供だけで終わらせない」真のEX向上を目指して
マイナビは2022年、社内のITおよびWebマーケティング関連の組織や人材を集約したデジタルテクノロジー戦略本部を設立。同本部を中心にしてシステムとデータ、人材の全社最適を図りながら、イノベーションをより加速していくためのデジタル施策を推進している。
その中で注力していることの一つが、ITツールやAIを活用して社員の業務生産性を高めるEX向上施策だ。この取り組みは、デジタルテクノロジー戦略本部で社員のITツール・AI活用をサポートする「EX推進課」と「AI推進課」の2つの組織が中心となって進めている。EX推進課の設立目的について、課長の安藤優作氏は次のように説明する。
「デジタルテクノロジー戦略本部の前身となる組織では、社内向けシステムの安定提供に重点を置いており、社員の業務に応じたITツールの活用を提案していくところまでは手が回らず、社員のITツール利用実態や満足度も把握できていませんでした。そうした状況を改善し、ただツールを提供して終わりではなく、その後の活用まで支援することでEXを高めていくためにEX推進課が設立されました」(安藤氏)

社員のAI活用推進を目的とするAI推進課(旧AIシステム3課)は2023年10月に設立された。マイナビでは、以前より“AIの民主化”を旗印にノーコードAIツールの社内活用を推進していたという。しかし、使いこなすには一定のスキルが必要であり、社員が自力でAIアプリケーションを作るのは難しかった。2022年後半に、より手軽に扱えるAIとしてChatGPTなどの生成AIが登場し、マイナビでは2023年8月に社内向けに活用できる生成AIを導入したものの、「業務部門にとっては生成AIも活用のハードルが高く、関心のある限られた人しか活用していない状況でした」と課長の清野淩氏は振り返る。そこで、生成AIをEX向上の切り札の一つとして普及させるべくAI推進課が立ち上がり、その役割を担っている。
社員の声に寄り添うべくAI・ITツール相談会を全国で実施
EX推進課では、社員のEX向上を図るための施策を検討するにあたり、グループ会社を含む全国約8,300人の社員を対象に、ITツールの利用頻度や利用満足度を測るアンケート調査を2022年4月に実施。併せて、EX向上のためにどのような支援が必要かをヒアリングしたところ、「社内にたくさんのITツールがあるが、自分の業務でどれを使えばよいかわからない」といった声が聞こえてきた。「こうした悩みに対しては、社員と直接対話しながら『この課題にはこのツールが使えます』と説明することで、利用頻度や活用レベルを高められると考えました」と安藤氏。そこで、対面やオンラインで現場社員からITツール活用に関する相談を受ける「ITツールによる業務カイゼン相談会(以下、ITツール相談会)」を実施することを決めた。
ITツール相談会の開催には、社内ツールの標準化促進の狙いもある。マイナビでは、グループウェアやコミュニケーションツールなどに社内標準を定めているものの、実際には事業部ごとにバラバラのツールを利用していた。それらを統一すればコストを削減でき、活用ノウハウなどのナレッジも共有しやすくなる上に、セキュリティ強化にもつながる。
EX推進課でITツール相談会の準備が進められていた他方、AI推進課でもAIの活用促進に向けて現場社員と直接話す機会を求めていた。
「それまでは、やりたいことが明確な組織の課題解決を伴走型で支援していました。しかし、これではAIに何ができて、自分たちの課題解決にAIをどう使えるかがわかっている組織しか支援できません。AIに関することなら何でも気軽に相談してもらえるような場所が欲しいと考えていました」(清野氏)
そうした折、EX推進課がITツール相談会を始めると知り、それと併催する形でAI推進課でも「AI対面相談会」を開催するに至ったという。
ITリテラシーには地域格差も? 全国20拠点へ出張したワケ
ITツール相談会とAI対面相談会の大きな特徴は、オンラインのみならず、全国の拠点に安藤氏と清野氏率いるメンバーが自ら足を運び、対面方式で開催している点だ。これは対面方式のほうが直接話しやすく情報が浸透しやすいという仮説に基づいた取り組みだと安藤氏は話す。
「対面であれば直接話しやすいと考え、また『ITに疎く言葉だけで説明されてもわからない方にも、隣に座って画面を指さしながら説明することで、より理解が深まる』という仮説を立て、全国各地に出張して相談会を実施しています」(安藤氏)
対面方式を取り入れたもう一つの理由には、ITリテラシーの地域格差の解消もある。ITツールの利用状況を見ると、首都圏から離れた拠点ほど利用率が低いことがわかったという。これについて、地方拠点の顧客がWeb会議よりも対面での商談を好む傾向があることや、社内業務においても紙を使用する運用が残っていることから、オンライン化が比較的遅れていると安藤氏は分析する。「社内においても地域によってITツールの活用度に差があるものの、地方拠点でも効果を発揮するITツールの使い方がきっとあるはず。その可能性を探り、ITリテラシーの地域格差を解消するためにも地方での対面相談会が必要だと考えました」と話す。
2つの相談会の参加者にはITに明るくない社員が多いため、コミュニケーションの取り方には特に気を配っていると両氏。専門的なIT用語は別の表現に置き換え、例えも用いて誰でもわかる平易な言葉で説明するよう意識していると話す。
また、相談会に来た社員には、ITツールやAIを導入するために上司を説得する材料として何が必要かについてもヒアリングしている。相談会で本人が熱心に話を聞いてくれたとしても、その上司の理解を得られなければ、その後の導入につながらないケースも多い。こうした導入の阻害要因についてもきちんと調査し、それをクリアするための準備や手助けを安藤氏らが行う。ときには、EX推進課やAI推進課のメンバーが相談者の上司の説得に当たることもあるという。

清野氏は、多忙な中でも生産性向上のために積極的に学ぼうとする社員への敬意が大きなモチベーションになっていると話す。
「どの拠点の社員も本当に忙しい中、新たな知識を吸収するために時間を割いて相談会に来てくれています。毎回『相談に来てもらえた』と感謝の気持ちで臨んでいます」(清野氏)
ITツールを実際に動かしながら説明することも、心掛けていることの一つだ。ツールの利便性を言葉による説明だけで理解してもらうのは難しいため、その場で実演し、簡単に使えることを目で見て感じてもらう。たとえば、生成AIに関しては社内にプロンプト集サイトを立ち上げ、営業や制作などの職種別に業務ですぐに使えるプロンプトを公開している。
300件超の相談に対応、ボトムアップで輪を広げる
2023年10月よりEX推進課が開始し、12月よりAI推進課も併催する形となった相談会は、これまで全国20拠点の営業、制作、バックオフィスなど30部門を対象に開催された。開催規模の大小にかかわらず各拠点に足を運び、2025年1月末までに300件を超える相談に対応している。
寄せられる相談の内容は様々だが、ITツールに関しては資料共有系、タスク管理系、コミュニケーション系に大別される。このうち、多くを占める相談がコミュニケーション系だ。具体的には、各部門が使用するツールがバラバラで、対応に工数がかかり困っていると相談する社員が多いという。この問題は組織全体でツールの統一を図らなければ解決が難しいため、EX推進統括部から事業部門長に対し、チームコミュニケーションに最適なITツールや業務環境を紹介する機会を作っていると安藤氏。「本来はトップダウンで統一すべき部分が多くありますが、なかなか実現が難しいものもあるため、まずはボトムアップで会社全体を巻き込みながら標準ツールへの統一を図っています」と話す。
また、地方拠点固有のニーズに対応したケースもある。同社では支社の社員に対し、営業車を運転する前にアルコールチェッカーによる飲酒チェックを義務づけている。鹿児島支社では、営業社員がアルコールチェックした画像をTeamsに投稿した後、支社管理課が本社管理部に提出するルールとなっているが、社員にとってはその手順が手間で、記載ミスや入力漏れも多いことに悩みを抱えていた。そこでEX推進課は、営業社員がMicrosoft Formsに画像を添付するだけでTeamsに自動で投稿され、さらにSharePointにも格納される仕組みを開発。これにより業務が簡素化し、ミスも減らすことができたという。今後もそれぞれの拠点に対応したサポートを行っていく予定だ。
AI対面相談会でも、現場の様々な悩みに対応してきた。圧倒的に多いのは「AIを何に使ったらよいかわからない」という相談だ。これに対しては議事録やメールの作成、制作部門や営業部門における原稿生成など社内の主なユースケースを紹介しながら、ともにAIによる業務効率化への道を模索している。
また「そもそも何が問題か分からない」といった相談に関しては、実際に行っている業務を細かくヒアリングし、生成AIを使って効率化できるかをその場で考える。できそうなものは実演や過去事例を交えながら説明し、難しいものは代替案の提案や適切な部署へ繋ぐなどの対応を行っている。
「生成AIに関しては、その場で使い方を見せながら説明します。複雑なタスクのAI処理はデータを使った検証が必要なため、一度持ち帰ってデータを共有してもらい、私たちで試しながら実現可能性を探るといったアプローチを取っています」(清野氏)

各部門から様々な相談を受けることで、多くの現場が抱える課題と解決法に関するナレッジの蓄積も進んでいると両氏。以前に成功した解決策を、同じ課題を抱える他の部門に横展開するケースも増えている。
4ヵ月で865時間の工数削減に成功、生成AI活用にも成果
こうした相談会における対応件数の増加にともない、ITツール・AIの活用成果も高まっている。相談会の実施後に行っているアンケートを集計したところ、2023年10月から2024年3月の半年間で対応した58件で292時間の業務時間が削減されていたが、それが2024年4月から9月の半年間で対応した121件では374時間に、2024年10月から2025年1月末の4ヵ月間で対応した125件では865時間へと右肩上がりで増えている。
定性面の効果も顕著に感じているという。安藤氏が何よりも実感しているのは、社員の学びへの意識の変化だ。
「相談会とは別に、社内で使えるITツールや生成AIの勉強会を毎月開催していますが、当初は50〜100名程度だった参加者数が、最近は300名から多いときには800名以上に増えました。ITツールや生成AIを活用して自分たちの仕事を変えていこうという意識の高まりを感じています」(安藤氏)

また、ボトムアップで始めた取り組みは上位職層にも広がってきている。2024年後半からは部門長レベルから部門全体での取り組みに関して相談を受けることも増えてきた。たとえば、「組織として仕事の仕方を改善したいので、部門のメンバーのために勉強会を開いてほしい」といったものだ。
AI相談会でも、生成AIの活用法のほか、利用ガイドラインの解釈などに関する相談が月を追って増えていると清野氏。定量的な効果は、社内標準の生成AIチャットツールの一つであるMicrosoft 365 Copilotの利用率から伺える。2024年4月に導入し、同年9月の時点で44.5%だった利用率が、2025年2月時点では93%にまで上昇した。
さらに、普段使っている業務アプリケーションに生成AIを組み込みたいという相談も増加しているという。清野氏は「普段利用している業務アプリケーションの画面上で、AI支援機能を使いたいといった相談をよくもらいます。この相談を受け、我々のほうで実際に制作部門が使う制作管理アプリケーションに新しい機能を追加しました。また、社内で作った生成AIによる議事録ツールを間もなくリリースする予定です」と話す。
今後は支援できる仲間づくりを:AIアンバサダー育成へ
EX推進課とAI推進課は、今後も対面相談会を軸にしながら全社的なEX向上の流れを加速していく考えだ。その方向性は大きく2つある。一つは、この取り組みを一緒に進める仲間として「エバンジェリスト」を増やすことだ。
「支援を求める全国の拠点に私たちがいつでも駆けつけられるとは限りません。Teamsのことなら△△支社のAさん、Copilotのことなら□□支社のBさんに聞けばよいといったように、相談を受けられる仲間を現場に増やすことができれば、すぐに課題を解決できる可能性が高まります。現場の悩みは現場の人が一番よく分かるはずなので、そうした人たちにITツールやAIの知識を付けてもらえると心強いですね」(安藤氏)
仲間を増やしたいという思いは清野氏も同じだ。AIの活用を啓蒙する「AIアンバサダー」を社内で増やし、AI推進課はCoE組織の役割を果たしながら、全社的な活用を促進していきたいと話す。現在はAIアンバサダーを育成するための研修講座を準備中だ。
また、より上流の活動として、全社的にデジタルスキルの向上を図る取り組みも開始している。これまでの活動により、各組織のITに関する知識レベルや抱える課題をある程度把握できた。それを人事部門に連携することで、各組織にどのようなスキルや研修が必要かを検討し、全社標準のデジタルスキル研修プログラムの開発を進めているという。
「このプログラムが整備されれば、社員は自分の業務に必要なデジタルスキルを効率的に身に付け、仕事で使いこなしてEXをさらに高めていけるでしょう。その実現に向けて、今後も対面相談会を中心にしたEX向上の取り組みに邁進していきます」(安藤氏)
