米欧中のAI戦略シフト:SafetyとSecurityのバランスを模索する世界情勢
第2部ではAIセーフティ・インスティテュート(AISI)副所長の平本健二氏と大阪大学社会技術共創研究センター特任准教授の工藤郁子氏、モデレーターとしてAIガバナンス協会事務局次長の堀田みと氏が登壇した。
冒頭で工藤氏は、国際的なAI政策に「激変」が起きていると指摘した。

「トランプ新政権はバイデン前政権の大統領令を撤回し、基本的には規制緩和路線であり、IT・AI企業に親和的な政策を取ろうとしているように見えます。また、AIインフラと呼ばれるデータセンターや電力などに対する投資も積極的に推進しています」(工藤氏)
また「影の主役としての中国」の存在感が増し、「DeepSeek」が登場したことで、アメリカ国内では「Sovereign AI(主権AI)」と呼ばれる自国主義の論調が高まっていると指摘した。
欧州についても「国際競争力の観点からAI法が厳しすぎたのではないか」という意見がEU内部から出ており、「EUの産業競争力に関して2024年9月に発行された『ドラギレポート』に基づく規制の見直しが進んでいる」と工藤氏は明かす。「AI liability directive(AI民事責任指令)法案が廃案になるといった傾向からすると、EUのAI政策は規制重視というイメージをそろそろ変えた方がよいかもしれません」と述べた。
これを受けて、平本氏は国際協調について「アメリカやヨーロッパが大きく方針を変えてきており、中国の動きもある中で、どこに注力していくべきか悩んでいるところです。これは私たちだけでなく、各国も同様に悩んでいるようです」と現状を説明する。AIセーフティ・インスティテュート各国のメンバーが参加するAISIネットワークの会合では、アメリカの政権交代により各国が「腹の探り合い」のような状況だという。

平本氏はこうした複雑な状況を「現在は踊り場に来たような感じです」と表現した。
「AIの技術的な範囲が広がり、国際的に混乱している中で、われわれAISIではAIセーフティに関する活動マップ(アクティビティマップ)を作成しました。どこを重点に活動していくか一度立ち止まって考えることが大切だと思います」(平本氏)
しかしながら「衝撃的なニュースは注目されますが、私が見る限り状況は比較的安定しています」とし、G7広島AIサミットの枠組み、それに伴い広島AIプロセス・フレンズグループ、国連が新しいチームを作ったり、GPAIがOECDと組んだり、様々な国際ネットワークが形成されつつあると紹介する。特に多言語分野ではシンガポールと日本が共同でリードするなど「小さなコミュニティだからこそ進展が速い」取り組みもあると説明を加えた。
工藤氏は非英語圏のAI開発について「1〜2年ほど前を振り返ると、LLMを持つ英語圏だけで全ての進展があり、マイナー言語は見捨てられるのではないかという懸念がありましたが、その心配はおおむね払拭されました」と評価している。日本はG7諸国からASEAN・アジア地域での役割を期待されているとのことだ。