現場に根付いた「カイゼン文化」を管理間接部門でも──矢崎総業が生成AI活用で重視する“利益追求”
「Givery Summit 2025 - AI Enablement Day」セッションレポート
製造現場の「カイゼン文化」は生成AIとの相性がいい
矢崎総業は静岡県裾野市に本社のある製造業で、トラディショナルな文化を持つ。「古い体質の会社に生成AIは馴染むのか」という小池氏の当初の不安は、同社のみならず多くの製造業が抱える共通の悩みだろう。ユーザーリテラシーも高くなく、慎重に様子見する文化が障壁となり、デジタルツールの浸透スピードも決して速くなかった。
今回、生成AIをいかに浸透させるかを検討する中で思い当たったのが、長年取り組んできたQC(品質管理)活動だった。近年はRPAを活用した市民開発で積極的にQC活動が行われており、2024年末には活動の成果を披露する「市民開発アプリ1日展示会」を開催したところ、オンラインを含め約2,200人が参加。生成AIの展示への反響も大きく、カイゼン文化と生成AIの相性のよさに気づかされたという。

製造業におけるQC手法・カイゼン活動の基本は「業務の抽象化と標準化」だ。「カイゼンにおいては、目の前のことを良くするだけでは不十分で、それを継続的に維持できなければ意味がない。インプットを元にアウトプットを作り、そのアウトプットが別のプロセスのインプットになっていく連鎖が重要」だと小池氏は説明する。カイゼン文化で培ったこの土台を生成AIに活かせれば、その場限りのプロンプトではなく再帰性のある、いわゆる「ゴールデンプロンプト」を生み出しやすくなる。
既に成果も出ている。たとえば、海外工場との受発注メール作成において、専門用語などを事前に組み込んだプロンプトを開発。日本語を5~6行入力するだけで、受発注が完了するような仕組みが実現している。
浸透の鍵はシステム・コミュニティ・メディアの3本柱
もの作り現場に根付いているカイゼンマインドを管理間接部門にも浸透させるために、矢崎総業が重視したのは「システム」「コミュニティ」「メディア」の3本柱だった。安心安全に快適に使えるシステムがあり、一緒に使える仲間とコミュニティが存在し、さらにそれを広げる情報伝達のためのメディアがある。この3つが回ると、企業浸透を一気に進められると考えている。
具体的にはシステム面では、セキュアな自社環境Y-Assistantを構築し、コミュニティ面では感度の高いメンバーを中心としたワーキンググループを立ち上げた。メディア面では、ポータルサイトやブログでの情報発信、さらにマスコットキャラクターも制作した。
ちなみに市民開発の文化は生成AI浸透の土台になるが、自分の半径5メートルの最適化になりがちという課題がある。同じ作業をしている人が20メートル先にいるのにシンクロできないことがあり、これは生成AI活用においても同じ懸念がある。そこでトップダウンとボトムアップ両軸で経営を巻き込みながら進めつつ、ガラパゴス化を防ぐためにガイドライン規定やガードレール設置などの標準化も実施し、ガバナンスを整備しているという。
また、従業員を4つのコミュニティタイプに分類し、それぞれに合った対応を打っているのも特徴だ。具体的には、達成タイプの「Achiever(アチーバー)」、好奇心旺盛タイプの「Explorer(エクスプローラー)」、交流タイプの「Socializer(ソーシャライザー)」、優越感タイプの「Killer(キラー)」に分け、それぞれの特性を踏まえて適切なフェーズで生成AI活用に巻き込んできた。

製造業は改善・成果にポジティブな「Achiever」タイプが多い印象だと長目氏は言うが、当初「やりたい」と手を挙げて集まったのは100%純粋なAchieverタイプだけではなかったという。しかし「同じ志や興味を持った人が集まると話が弾み、時には会話の中で潜在的に眠っていた意欲が引き出されて、いろんなタイプの人が増えていく」と小池氏。こうしたコミュニティの力が組織浸透を後押ししている。
取り組みに伴走してきた長目氏は「AIイネーブルメントは、生成AIの基盤を整備すればいいだけではないし、教育だけでも市民開発だけでもダメ。矢崎総業は3本柱を立てて全社を巻き込むための仕掛けを作り、元々あったカイゼン文化を活かしながら浸透を図っているのが特徴的だ」と評価した。
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古屋 江美子(フルヤ エミコ)
フリーランスライター。大阪大学基礎工学部卒。大手通信会社の情報システム部に約6年勤務し、顧客管理システムの運用・開発に従事したのち、ライターへ転身。IT・旅行・グルメを中心に、さまざまな媒体や企業サイトで執筆しています。Webサイト:https://emikofuruya.com
※プロフィールは、執筆時点、または直近の記事の寄稿時点での内容です
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