荏原製作所に新しい風を巻き起こす“精鋭集団”──3つの生成AIモデルを使い分けできる専用ツールを内製
第37回:荏原製作所 データストラテジーチーム データストラテジーユニットリーダー 田中紀子さん
社内コミュニティも活性化で浸透促進 AIエージェント実装も視野に
酒井:EBARA AI Chatの利用促進は、どのように進められているのでしょうか。
田中:全社プロジェクトと位置付けて、各事業部でプロジェクト辞令者をアサイン、そのメンバーに核となってもらい浸透を図ってもらっています。マネジメント・プロジェクト辞令者が参加する隔月開催のステアリングコミッティは、各事業部推進者間の情報共有の場にもなっています。
また、新入社員研修、キャリア採用者向け研修、お昼の勉強会などで、活用ルールや事例を定期的に紹介しています。EBARA AI Chat以外にGoogleのGeminiやNotebookLM、Microsoft Copilotも標準ツールとして使っているので、それぞれの特徴や使い分けを説明しています。
社内コミュニティのSpaceを活用して生成AIに関する様々な情報をシェア、自分のおすすめプロンプトを共有できるコミュニティサイトも内製開発し、事例や使い方を共有できる場を作って盛り上げています。
2025年6月の社内表彰「Ebara Global Challenge Award」で1位を獲得し、グローバルにも認知度も高まりました。
酒井:今後の展望をお聞かせください。
田中:現在のEBARA AI Chatに加え、他のアプリからもAI機能を呼び出せるようAPIを開発。今後さまざまな業務アプリから直接AIを呼び出すことで、業務により組み込んだ形で活用促進していく予定です。
AIエージェントへの取り組みも着手し始めています。内製開発と、一部外部製品の活用も視野に入れつつ、コストと効果を見ながら判断していく予定です。
データストラテジーチーム全体としては、多様な新しい技術と多様な人材の掛け合わせて新たな価値提供を加速させたいと思っています。生成AI、データ分析、メタバース、デジタルトリプレット、映像、脳科学など、いろいろな要素技術を型にはめずに組み合わせ、当社とお客さま・社会の課題を解決するソリューションをグローバルに提供していきたい。あらゆる業務にAIが導入されることを見据えて、技術の垣根を越えた新しいアプローチを模索しています。

田中:生成AIは人間の仕事を奪うという話もありますが、私は「人間の能力を拡張してくれる」と思っています。人にしかない「こうしたい」という気持ちを強く持てば、生成AIの力を味方につけることで、自分自身をパワーアップさせ、企業活動の範囲を広げ、様々な課題を解決できる。そしてその結果として、企業の競争力強化にもつなげていけると思っています。
困ったとき「我慢」ではなく「自分でつくればいい」で突破
酒井:田中さんはこれまで、前職の銀行でも「旧姓使用」や「育児時短」の制度化を人事に働きかけて実現されたそうですね。プライベートでは自治会のIT顧問を務められています。その原動力は何でしょうか?
田中:「何とかして少しでも良くしたい」が原動力になっています。私は困ったとき「我慢すればいいや」とは思えないタイプなんです。
結婚した当時は、旧姓のまま働きたくても旧姓使用制度がなく、人事部に「1年以内に結婚するので、それまでに制度を作ってください」と直談判しました。「特例で」と言われたのですが、「それだと後に続く人が困るから」と交渉、制度化にこぎつけました。
育児のときも同じです。1人目と2人目を出産していずれも約半年で復帰したのですが、0歳と2歳の子育ては本当に時間との闘いでした。当時は満1歳まで母乳休暇(朝と夕方30分ずつ)が取得可能でしたが、もう少し期間を延長できないと苦しくて、「時短制度を作ってほしい」と人事部に相談しました。最初は自分のためでしたが、「せっかくなら制度にして、同じような状況の人が使えるようにしませんか」と提案したんです。
酒井:素晴らしいですね。私が人事なら、田中さんに辞めてほしくないから必死になって制度を作るだろうなと思います。
田中:自治会での紙の回覧は負担だなとか、PTA役員の決め方をもう少しよくできないかなと感じたとき、我慢するのではなく、どうやって我慢しなくてよくなるか考える。そうすると自然と「自分のスキルや最新の技術を活用して改善できないか」「自分だけではできない場合、誰に働きかければ変えられるか」と考えて、自然と行動に移っています。
たとえば、自分のマンション自治会の回覧物を電子化させたくて、先走って役員会で「自治会のホームページを作れそう」と宣言したこともあります。なんとか自力で途中まで開発したものの、エラーが出て先に進めずにいて、知人や色々な技術コミュニティで聞いてもうまくいかず、どうしようと思っていたときにChatGPTが現れたのです。これだと思って使うと、修正コードを表示してくれ、何度かやり取りを繰り返すうちに、完成させることができました。今では「IT顧問をお願いします」なんて言われて。ちょっとしたことでも「すごい!」と感謝してもらえる。仕事でも仕事以外の場所でも誰かの役に立てるなら、やりがいがありますよね。
酒井:仕事とプライベートの両立で悩んでいる人、会社の制度に疑問を感じている人に、アドバイスはありますか?
田中:今ある枠組みの中で我慢して諦めてほしくないと思っています。私自身、就職に際して女性をサポートする制度が整っている会社を探そうとは思っていませんでした。自分がやりたい仕事を最優先に、制度は足りなければ自分で作ればいいと思っていました。
まずは自分が何をしたいか、何で貢献したいかに忠実に。そして、壁に当たったら変えていけばいい、くらいの気持ちでいいのでは。そのときに、自分だけの特例ではなく、会社の制度としてみんなが活用できる仕組みにすることを意識するといいと思います。
そもそも人類の歴史って、何かに困って解決することで進歩してきたと思っています。道がないなら、自分で作ればいい。「私が最初にやるんだ!」って。技術、製品、制度、考え方……どんな分野であれ、私も微力ながら道を少しでも切り開き、人類の発展に貢献したいです。

この記事は参考になりましたか?
- 関連リンク
- 酒井真弓の『Enterprise IT Women』訪問記連載記事一覧
-
- 荏原製作所に新しい風を巻き起こす“精鋭集団”──3つの生成AIモデルを使い分けできる専用ツ...
- “社内の御用聞き”から「頼られる存在」に──エイチ・ツー・オー リテイリングが内製比率を上...
- 業界の常識を覆し続ける星野リゾート、次は「ホテル運営システム」を内製──現場出身者×エンジ...
- この記事の著者
-
酒井 真弓(サカイ マユミ)
ノンフィクションライター。アイティメディア(株)で情報システム部を経て、エンタープライズIT領域において年間60ほどのイベントを企画。2018年、フリーに転向。現在は記者、広報、イベント企画、マネージャーとして、行政から民間まで幅広く記事執筆、企画運営に奔走している。日本初となるGoogle C...
※プロフィールは、執筆時点、または直近の記事の寄稿時点での内容です
この記事は参考になりましたか?
この記事をシェア