変革はトランスフォーメーションではなく、「進化」である
企業が目指している、「変革」の捉え方にも見直しが必要だ。
日本では、トランスフォーメーションという言葉が好んで使われるが、現実のビジネスは一夜で塗り替わるものではない。むしろ、変化を「エボリューション(進化)」として捉える視点が重要になる。
企業の姿が変わるのは、現場のあちらこちらで起きる、小さな改善の積み重ねの結果だ。日々の顧客対応を少しだけ変える、一つの業務プロセスを見直す──そうした改善が積み重なるうちに気づけば、組織は大きく姿を変えている。最初から壮大な変革を描くよりも、その連続をどう生み出すかが問われているのだ。
この「進化の積み重ね」という視点から見ると、日本企業には強みを発揮できる領域がある。それは、現実の物理世界とAIが結びつく「フィジカルAI」だ。
デジタル空間で完結するAIならば、不具合や想定外の挙動があってもやり直しがきく。しかし、自動運転や産業用ロボットのように物理世界を動かす領域では、一度のミスが大きな事故や損失につながり、後戻りがきかない。この「物理の世界では、一度起きたことは元に戻せない」という特性にこそ、日本企業の技術的規律が生きてくる。
ここで強みとなるのは、日本企業が従来のAI活用やものづくりで培ってきた、信頼性と堅牢性を徹底して追求する姿勢だ。不確実性をできる限り抑え、精密なオペレーションを実現してきた経験は、やり直しのきかないフィジカルAIの領域で競争力になる。
加えて、日本には文化的な土壌もある。万物に神が宿るとする神道の感覚や、壊れたものを価値として再生する金継ぎの美意識などは、テクノロジーを単なる道具ではなく、共に生きる存在として捉える視点につながるとブレテヌー氏は述べる。日本でロボットやAIに対する心理的な抵抗が比較的小さいことは、こうした背景と無関係ではない。
技術と文化という2つの土台は、フィジカルAIを社会やビジネスに広げていく上で、日本企業の大きな武器となる。
変革を牽引する「AIリーダー」の条件
現場で積み重ねてきた小さな改善を全社の成果につなげるためには、それを担うリーダーの配置が欠かせない。ブレテヌー氏は、AIプロジェクトの成否について「テクノロジーが占める割合は30%に過ぎず、残りの70%はそれ以外の要素だ」と指摘する。決定的なのは、組織のカルチャーや人々のマインドセット、業務プロセスの再設計といった非テクノロジーの領域だ。
AIを単なるITツールとして部門内にとどめてしまうと、この70%に手をつけられない。その結果、AI活用は個人の効率化にとどまり、“防御”の段階を抜け出せなくなる。グローバル企業への調査では、AIで明確な成果を上げている企業の73%で、AIリーダーがCIO配下ではなく、CEO直属に置かれているという。AI導入を全社的な戦略と文化の変革として進めるには、テクノロジーの枠を越えて意思決定に関われる立場が欠かせない。
出典:Gartner(2026年5月)
では、この重責を担うAIリーダーには、どのようなスキルが求められるのか。当然ながら、あらゆるシステムを自在に構築できる“万能型の技術者”である必要はない。ブレテヌー氏は、グローバル企業のCIOの言葉を引きながら、リーダーに不可欠な条件を2つに整理する。
一つは、高度なコミュニケーション能力だ。取締役会から現場の担当者まで、それぞれの立場や関心に応じて、AIのビジョンと価値を的確に伝える力が求められる。もう一つは、翻訳する力だ。複雑なテクノロジーの可能性をビジネスの言葉に置き換え、事業部門が腹落ちできる形で伝える力である。
つまり、AIリーダーの本質はコードを書くことではない。彼らは、組織という楽団を率いる指揮者(オーケストレーター)に近い存在だ。AIがどのような価値をもたらすのかに責任を持ち、その実現に向け全体を動かす役割を担う。
そのためには、技術の可能性と限界だけでなく、既存システムとの連携を含めた全体像を押さえておく必要がある。同時に、各事業部門の課題や人材育成、組織文化といった領域にも目を配り、横断的に調整していく役割を担う。こうした要素をつなぎ、組織全体を動かしていく。その指揮者としての役割こそが、企業に求められるAIリーダー像だ。
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谷川 耕一(タニカワ コウイチ)
EnterpriseZine/DB Online チーフキュレーターかつてAI、エキスパートシステムが流行っていたころに、開発エンジニアとしてIT業界に。その後UNIXの専門雑誌の編集者を経て、外資系ソフトウェアベンダーの製品マーケティング、広告、広報などの業務を経験。現在はフリーランスのITジャーナリスト...
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