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『EnterpriseZine Press』

2026年冬号(EnterpriseZine Press 2026 Winter)特集「AI時代こそ『攻めの経理・攻めのCFO』に転じる」

週刊DBオンライン 谷川耕一

フィジカルAI時代、日本企業にこそチャンスがある ガートナーが教える「測れないROI」から脱する条件

ガートナーが示す変革の針路

 ChatGPTの登場以来、企業のAI活用は一気に広がった。だが現場では、個人の作業効率を上げるところで止まり、組織全体を変える力にはなかなか結びついていない。日本企業はなぜ、そこから先に進みにくいのか。2026年5月に都内で開催された「ガートナー データ&アナリティクス サミット」で講演した、エリック・ブレテヌー(Erick Brethenoux)氏へのインタビューから、AI活用が“守り”から“攻め”に転換できない理由をひも解く。目に見えにくい「AIの価値」をどのように測り、誰がAI変革を牽引していくのか。

日本企業が直面する「転換」への壁

 日本企業のAI活用を振り返ると、「欧米より遅れている」との見方は一面的だ。ブレテヌー氏は、「日本の大手企業は、50年にわたりAIを使いつづけており、それは十分に機能してきた」と語る。

 実際、1990年代には、人間の知識を“ルール”としてコンピューターに教え込む「シンボリックAI(記号的AI)」の分野で、日本は世界をリードしていた。熟練工の技能を形式知化したエキスパートシステムや、家電の高度な制御技術など、この領域で日本企業は着実に成果を上げている。問題は、その成功がかえって現在の停滞を生み出している点だ。

 長年にわたり蓄積してきた技術的知見と、それを確実に運用するための「高い技術的規律」が本来は強みになる。だがブレテヌー氏は、それが生成AIのような「不確実性の高い技術」への適応を遅らせる要因になっていると指摘した。過去の成功体験が、変化への慎重さを必要以上に強めているからだ。

 従来のAIは、厳密なルールやデータに基づき、高い信頼性を維持してきた。一方、生成AIは確率的に結果を返すため、不確実性が残る。ブレテヌー氏も「生成AIの信頼性は、従来型AIの水準にはまだ達していない」とし、正確性や安全性を重んじる日本企業が慎重になるのは当然だ。

Gartner ディスティングイッシュト バイス プレジデント/アナリスト エリック・ブレテヌー(Erick Brethenoux)氏
Gartner ディスティングイッシュト バイス プレジデント/アナリスト エリック・ブレテヌー(Erick Brethenoux)氏

 ただし、慎重さが行き過ぎれば、競争力の低下を招く。AI活用には、個人の生産性を高める「防御」と、ビジネスモデルを変える「転換」の段階がある。前者はクラウド型の生成AIサービスなどを通じて効果を測りやすく、多くの日本企業が既に取り組んでいる。しかし、その真価が問われるのは「転換」だ。

 ビジネスの転換をともなう活用では、“AIによる効果”として成果を切り出しづらく、ROIも見えにくい。「たしかに価値はある。ただ、それを測る手段が整っていない」とブレテヌー氏。この測定の難しさを理由に立ち止まってしまえば、他社との差は開く一方だ。

 ガートナーは、明確な意思決定の下でAIファースト戦略を継続的に実行した企業は、そうでない企業と比べ、2028年までに25%以上の高いビジネス成果を上げると見込む。ROIが見えないからと「防御」にとどまり続けることは、将来的な競争での後れを自ら受け入れることにほかならない。

AIリーダーは、トランスフォーメーションの火付け役を担う出典:Gartner(2026年5月)
AIリーダーは、トランスフォーメーションの火付け役を担う
出典:Gartner(2026年5月)

日本だけでない、「AIの価値」で頭を抱える担当者たち

 見えにくいAIの価値を、どのように捉え、組織の力に変えていくのか。押さえておくべき点は、AIが単体で成果を生み出す「魔法の箱」ではないということだ。最先端技術を導入すれば、担当部門が自動的に価値を生み出してくれるという期待は根強いものの、現実はそう単純ではない。

 ブレテヌー氏は、テクノロジー部門の役割を「他部門が価値を発揮するための支援役」と位置づける。実際に成果を生み出すのは、AIを活用する現場であり、その成果は“現場の行動変容”によって初めて生まれる。つまり、AIを入れただけでは何も変わらない。

 では、価値をどのように可視化するのか。ブレテヌー氏は、オーストラリアの法律事務所の事例を挙げる。同事務所では、若手スタッフに基礎的なAIツールを導入し、日常業務の工数を少しずつ削減していった。各業務で数十分単位の削減を積み重ねる、地道な取り組みだ。

 ここで壁となるのが、CFOの視点だ。CFOにとっては、浮いた時間が「コスト削減」や「売上増」といった数字に変わらなければ、価値として認めにくい。単なる「余剰時間」の創出で終わるのか、それとも具体的な成果に転換できるのかが問われる。

 法律事務所の例では、AIリーダーが人事部門と連携し、全社の業務とタスクを洗い出した。各タスクが事業成長にどのように寄与するのかを見極め、AI活用によって生まれた時間を優先度の高い業務へと振り向ける。その上で、従業員に対しても「AIによって生まれた時間は、この業務に充てられ、組織の成長につながっている」と明確に伝えた。

 こうして、分散していたAIによる効率化の成果を「組織全体の成果」として見通せるようにしたという。見えにくかったAIの価値が、“測れるもの”へと変わったのだ。

 こうしたAIの価値創出を巡る議論は、米国の大手企業でも起きている。ある企業のCIOは、生成AIをソフトウェア開発のライフサイクル全体に導入し、ソフトウェアのデリバリー速度を四半期ごとに15%向上させた。しかし、取締役会で報告すると返ってきたのは「なぜ25%ではないのか」という反応だった。CIOは、これに強く異を唱えたという。

 本来、IT部門にプロジェクトを持ち込む事業部門は、その案件がどれだけの売上増やコスト削減につながるのかを示す責任がある。最終的な収益の大小までをIT部門が負うものではない。CIOの役割は、託されたプロジェクトをより速く、確実に進めること。そう考えれば、15%の改善は十分に評価されるべきだと主張した。

 この事例は、成果を測る物差しが一つではないこと、そして誰の視点で測るかが重要であることを示している。プロジェクトの性質や役割に応じて評価軸を変えれば、CIOが達成した「四半期ごとに15%のスピード向上」は、IT部門のROIとして正当な成果と位置づけられる。

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変革はトランスフォーメーションではなく、「進化」である

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谷川 耕一(タニカワ コウイチ)

EnterpriseZine/DB Online チーフキュレーターかつてAI、エキスパートシステムが流行っていたころに、開発エンジニアとしてIT業界に。その後UNIXの専門雑誌の編集者を経て、外資系ソフトウェアベンダーの製品マーケティング、広告、広報などの業務を経験。現在はフリーランスのITジャーナリスト...

※プロフィールは、執筆時点、または直近の記事の寄稿時点での内容です

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