富士通は2026年9月8日、「ダイヤモンドスピン方式量子コンピュータのプロトタイプ開発」に関する記者会見を開催。富士通研究所 フェロー兼量子研究所長の佐藤信太郎氏が登登し、同社の量子コンピューティング研究開発戦略と、今回の成果の意義について説明した。
富士通は、量子デバイスからミドルウェア、ソフトウェア、アプリケーションまでのレイヤーで包括的に量子コンピューティングの研究開発を進めている。自社単独だけでなく、世界有数の研究機関とのパートナーシップを重視しており、ハードウェア領域においては理化学研究所との超電導方式の共同開発に加え、2020年からはデルフト工科大学およびQuTechとダイヤモンドスピン方式の共同研究を行ってきた。
量子コンピュータのハードウェアには超電導、半導体シリコン、イオン、中性原子、光など多様な方式が存在する。富士通は、ソフトウェア技術の共通化を図りつつ、ハードウェアについては多様な可能性を追求する方針をとる。今回プロトタイプが発表されたダイヤモンドスピン方式は、量子状態の保持時間が長く、光配線によるモジュール間接続が可能であることから、将来の大規模量子計算を実現する有力な候補として位置付けられているという。
そもそもスピンとは、電子などの素粒子がもつ「微小な磁石」のような自由度であり、磁場をかけることでエネルギー状態が変化する。量子力学において、このエネルギー準位の違いを「0」と「1」の量子ビットとして利用する。このエネルギー準位の差に相当する周波数は、一般的なスマートフォンなどで用いられる高周波(GHz帯)と同等であり、マイクロ波を照射することによって「0」と「1」の状態を制御できる。
ダイヤモンドを用いた量子ビットでは、結晶内部の欠陥構造を利用する。代表的な欠陥として、炭素原子が窒素原子に置き換わり隣接部位が空孔となっている「NVセンター」が知られている。ここには電子スピンが存在し、これを量子ビットとして機能させる。さらに、ダイヤモンドを構成する炭素の同位体(炭素13)や窒素原子の原子核がもつ「核スピン」も利用可能だ。富士通の技術では、1つの電子スピンと、その周囲にある3〜4個の核スピンを1つのモジュールとして構成し、量子計算ユニットを組み上げる。
ダイヤモンドスピン方式の最大の強みは、長いコヒーレンス時間にある。電子スピンで1秒以上、核スピンでは1分以上という量子状態保持時間を達成しているという。これは、超電導量子ビットのコヒーレンス時間(数100マイクロ秒程度)と比較して格段に長い。
また、電子スピンの量子状態を光(赤色光など)に変換して読み出したり、転送したりできる物理特性を備えている点も大きな特徴だ。同社は1年ほど前に、2量子ビット間のゲート操作において99%のゲート忠実度(Fidelity)を検証済みだとした。
今回発表されたプロトタイプシステムでは、さらなる性能向上を目指し、従来のNVセンターではなく「SnV(スズ・空孔)センター」という新材料が採用された。SnVセンターは、窒素の代わりにスズ(Sn)を導入した構造であり、NVセンターと比較してノイズに強い特性をもつ。特筆すべきは発光効率の高さであり、NVセンターの約10倍に達する。光を介したエンタングルメント(量子絡み合い)生成の効率が高まることは、離れたモジュール間を結ぶ量子ゲート操作の高速化に直結する。
プロトタイプの全体像
(左から)光学制御機器、独自制御システムおよび高周波制御機器、冷凍機
システム全体は、ダイヤモンドチップを格納する1K級冷凍機、光読み出しを行うレーザー等の光学制御機器、スピン状態を制御するマイクロ波高周波制御機器、そしてこれらを一括制御するソフトウェア群で構成される。これらは同社が構築したクラウドプラットフォームを介して外部から操作可能であり、実際に「0」の状態から「1」の状態へ移行させるXゲート操作などの動作が確認されている。
物理的な実装においては、「集積光チップ技術」が開発された。シリコン基板上に凹凸構造を形成し、その上に酸化アルミニウムの凹凸膜を積層、さらに加工したダイヤモンドを貼り合わせることで、チップ上に酸化アルミニウム導波路(光導波路)を作り込んでいる。これにより、ダイヤモンド内部のSnVセンターから発せられた光を効率よくチップ上の光回路へ導くことに成功した。
制御系システムにおいても、拡張性を考慮した設計が施されている。将来的な多モジュール化を見据え、全体を統括するプロセッサと個別制御を行うプロセッサを分離した構成を採用。モジュール数が増加した際にも、制御機器を容易に拡張できるよう配慮されている。
ダイヤモンドスピン方式がもつもう1つの利点は、動作温度の緩和だ。超電導量子コンピュータでは、希釈冷凍機を用いて約20ミリケルビン(0.02K)という絶対零度に極めて近い環境を作る必要がある。これに対し、ダイヤモンドスピン方式は1ケルビン(1K)以上の温度域での動作が可能。1Kという温度は絶対温度としては低温であるが、0.02Kと比較すると100倍高い温度であり、冷却に必要な冷凍機のサイズや構造に大きな違いをもたらす。希釈冷凍機ではなく、1K級冷凍機で冷却可能となるため、インフラ面のハードルが大きく下がることになる。
佐藤氏は、今後の開発における方向性について次のように語った。
「我々は、光配線を使ってダイヤモンド方式による量子コンピュータ自体の大型化・多モジュール化を目指していきます。しかし、この技術に取り組む意義はそれだけではありません。異なる冷凍機に置かれた量子ビットチップ同士をつなぐ技術として活用できると考えています」(佐藤氏)
この構想は、ダイヤモンドスピンモジュールをインターコネクト(接続技術)として機能させ、複数の超電導量子コンピュータやイオントラップ方式、中性原子方式などの異なるハードウェア間を光ネットワークで相互接続する未来像を示している。
共同研究を行っているデルフト工科大学のティム・タミニアウ(Tim Taminiau)教授もビデオメッセージを寄せ、「光接続性は量子システムを結びつけ、大規模な量子プロセッサを構築するための有望なルートを提供する。ダイヤモンドスピン量子ビットの高い品質と動作温度の高さは、将来のモジュール型スケーラブルなアーキテクチャを実現可能にする。今回のプロトタイプは、基礎的な学術デモンストレーションから統合された量子計算技術への重要な一歩だ」と評価した。
量子計算の実現に向けては、誤り耐性型量子計算(FTQC)に向けたスケールアップや制御精度の向上が引き続き課題となる。富士通は、今回開発したプロトタイプをベースに、光配線を用いた多モジュール接続の検証を進めるとともに、量子インターコネクトとしての実用化に向けた研究開発を推進する方針だとしている。
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