短期の利益主義がものづくりの成長と継承を阻む
では、人材や技術の育成を阻む障害とは何か。田中氏がまず挙げたのは、十分な待遇や環境を用意せず非正規雇用や外注が増加することで、自社で頑張って教育した人材が流出してしまう問題だ。さくらインターネットでは約20年前から、人材の流出を防ぎ、技術やノウハウを社内に蓄積するため、人材の正社員化や外注比率の引き下げを進めてきた。
問題の背景にあるのは、短期的な利益を最優先するKPIだと田中氏は見ている。1年で利益を出すことを優先する場合、人を減らすのが最も手っ取り早く、非正規雇用のほうが都合がよくなってしまう。「本来、企業にとっての株式市場とは、株主にお金を返す場所ではなく、出資してもらう場所であるはずだ」と同氏。しかし、短期的な利益ばかりが優先され、長期目線で従業員に投資できない評価指標の下では、すぐにリターンを出すことが難しい製造業の事業モデルは成り立ちにくい。すると、メーカーは自社でモノをつくりたがらなくなる。Googleが検索エンジンやAIを外注せず、自社の一流エンジニアにつくらせている光景とは対照的だ。
齊藤氏は、失われた30年の要因を振り返る。日本では、「外資企業のように簡単に従業員を解雇できない」という経営者の声を背景に、従業員(人件費)を減らして外部のリソースに頼る流れが広がっていった。同時に、新しい技術やノウハウを自ら蓄える発想も欠けてしまった。「日本企業は、これまで社会のニーズに合わせてシステムや製品をつくってきた。そのため、社会が一定の満足や利便性で満たされた途端に固定化してしまったのでは」と同氏は分析する。しかし、世界で戦うビジョンがあれば株主も説得できるはずだと訴える。
田中氏はビジョンの重要性を述べる。古いビジネスモデルから脱却するためには、上に立つ者のビジョンが欠かせない。さくらインターネットでも、業績が一時的に赤字となった局面において、事業環境の変化を踏まえた社内での人材配置の見直しを進めた。その際、相当な反発もあったという。それでも、人材のシフトと同時に納得できるビジョンを明確に示せれば、長く会社に貢献し、利益をもたらすようになる人も出てくると同氏は語る。
「変化を望む者」が得する仕組みをつくろう
最後の論点は、これからのデジタル人材に求められるスキルとマインドセットだ。田中氏の答えは、「視野を広げ、視座を上げること」だった。海外出張や他社への出向、霞ケ関での官民人材交流などといった場に送り出した社員は、大きく変わって帰ってくる。「ずっと同じところにいると、同じことしかできなくなる」と田中氏。日本は既に安全で大きく変わらない、ある種「完成された社会・国家」であると同時に、伸びしろを感じにくいため「何かを変えよう」という発想に至る若者が少ないのではと述べた。
とはいえ、強靭な現場力と尖った才能を持つ者が多くいる点も事実だ。これらをどう掛け合わせるか。また、変革を持続的に起こせる仕組みをどうつくればよいのか。齊藤氏が尋ねると、田中氏はIPAが主導する突出したIT人材の発掘・育成プロジェクト「未踏事業」の意義を例として挙げた。同プロジェクトでは、対象となる個人に対し直接的な経済支援も行っている。「若者はお金がなくても、時間と体力はある。まずは創造したり学んだりする意志がある個人に対して直接必要なお金を支援し、生活を保障することは極めて重要だ」と田中氏は持論を展開する。
社会変革の仕組みについては、各業界団体に見られる姿勢を指摘した。多くの業界団体は、現状を変えずに業界が長く安定を維持できることを重視しているという。もちろん、重大なリスクを避けるためにはブレーキは必要だが、その比率が高すぎると社会は停滞する。では、どうすればよいのか。田中氏は、「変わり者が得をする仕組みをつくればよい」と語る。世の中に最も変化を求めているのは、たとえば起業家や若者のような人々だ。変わる/変えることを望む彼ら彼女らが活躍すれば、世の中は変わる。だから、そのための仕組みをつくるべきだという考えである。
齊藤氏も、「常識にはまらない人たちが集まれば推進力が生まれる。その推進力を社会が支え、国がセーフティーネットをつくってやるべきだ」と応じる。過去を振り返ってみても、たとえば鉄道の世界では、各社が利益よりも「世界一」を目指して協力し、英知を結集したことで、新幹線の運行管理システムやみどりの窓口が生まれた。そうした時代を取り戻したいと齊藤氏。最後に、さくらインターネットという国産企業を率いる田中氏へ向けて、「ぜひ未踏の延長線上、国産クラウドの延長線上で若者を惹きつけて、社会変革の旗振り役になっていただきたい」とメッセージを送った。
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森 英信(モリ ヒデノブ)
就職情報誌やMac雑誌の編集業務、モバイルコンテンツ制作会社勤務を経て、2005年に編集プロダクション業務とWebシステム開発事業を展開する会社・アンジーを創業した。編集プロダクション業務では、日本語と英語でのテック関連事例や海外スタートアップのインタビュー、イベントレポートなどの企画・取材・執筆・...
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