高速性・信頼性・拡張性を備えた、次世代売買システム
2000年を端緒に、証券業界を取り巻くITの環境は大きく激変してきた。CPUや磁気ディスク、通信回線の性能が著しく上昇し、現在でもその進化は止まる様子がない。特に携帯電話を含めたネット回線の進化は著しく、国際間ケーブルの容量も年々上昇し、年率50%で拡大をし続けている。
しかしながら、東京証券取引所 専務取締役 最高情報責任者(CIO)の鈴木義伯氏は当時の東京証券取引所の対応を振り返り、「90年代までは日本の金融業のシステムは世界の最先端を走っていた。それがバブル崩壊後、経費節減モードの中で思い切った投資に至らずにシステムが老朽化していったと考えられる。それが2005年のシステムダウンの一因にもなった」と分析する。結果として、証券取引所の評価軸にITという項目が追加されていることを強く意識することになったという。
こうしたニーズと2005年の反省を踏まえ、東京証券取引所では2010年に「arrowhead」と名付けられた次世代株式売買システムを開発した。2ミリ秒の注文レスポンスという高速性を実現し、99.999%の可用性によって信頼性を高め、5~10年後を見越した拡張性を担保している。
高速性・信頼性・拡張性をすべてかなえるために多くの努力と工夫を必要としたが、鈴木氏は最も苦心したことに「リリース前に拡張性を担保する必要があったこと」を挙げる。拡張する必要性が生じた時にテストを行ない、手法や手順を議論していては間に合わない。そこで事前にテストを行ない、拡張する際の手順書にまで落とし込むことが必要だったというわけだ。
鈴木氏は「3年間の開発時間の間に、注文レスポンスに求められる時間は短くなっている。システム構築に取りかかった時、システム完成時の『最高レベル』では十分とはいえない。数年後に容易に進化できるように準備しておく必要があった」と語る。そして、システム概要図を示して、冗長化や負荷分散にはシンプルな構成が必要だったこと、そのための新たなコンセプトに基づいたDBの開発を行ったことなどを説明した。
こうした取り組みの成果として、どんなに1日のうちに売買が集中する時間帯も目標値10ミリ秒を下回る2ミリ秒で安定し、1秒間での最大注文件数が徐々に増えつつある中で、一度もトラブルを起こしたことがないという。
コロケーションサービスで、ビジネスモデルの変革を推進
「arrowhead」の先進性や業界へのインパクトは高く評価され、2010年には経済産業大臣賞を受賞することになった。鈴木氏はその意味について、「2005年のシステムトラブルで失墜した信頼を回復できたこと」「ITの高度化技術の活用で証券取引業界に大きなインパクトを与えたこと」を挙げ、さらに最も喜ばしいこととして「IT技術の活用で新たなビジネスモデルを生み出したこと」に言及した。
この新たなビジネスモデルとは、取引参加者の発注サーバーなど機器を東証の売買システムや相場報道システムと同じプライマリサイトにあるコロケーションエリアに設置することで、様々な反応時間を極小化することで、情報配信方法の多様化や注文発注の柔軟性を高めるというものだ。
かつては、アクセスポイントの外にディーリング端末があったため、送信時間に3~9ミリ秒かかっていた。しかし、東証プライマリサイト内に参加者用ラックを設置することで、ほぼシステムの反応時間と変わらない速度で処理ができる。この考え方は、NYやロンドンの取引所では一般的になりつつあり、コロケーションからの注文は約6割に上りつつある。日本も1~2年でこのレベルに追いつき、ようやく世界最高水準の環境を実現することが期待されている。