そして現在、時代の変化とともにSAPは再びパラダイムシフトを迎えようとしている。創業者ハッソ・プラットナー氏が提唱したインメモリプラットフォーム「SAP HANA」ですべての同社製品を動作させ、顧客のビジネスのスピードを加速すると宣言、ERPにこだわらない製品展開を、40年前のような"痛み"を伴わずに実施していくという。米オーランドで5月14日~16日に渡って行われた年次イベント「SAPPHIRE NOW 2012」の2日目に登壇した共同CEOのジム・ハガーマン・スナーベ氏の基調講演から、SAPがHANAでもって顧客にどんなベネフィットをもたらそうとしているのかを検証してみたい。
すべてはモバイルに、クラウドに、そしてインメモリに
いまから40年後の未来をここで想像するのは無意味だが、5年後のことならおおよそが見えている - スナーベ氏はこう前置いたのち、SAPが現在注力する3つの分野「モバイル」「クラウド」「インメモリ」について、自身の予測を披露した。
・これから5年以内にすべてがモバイルでつながる
いまのモバイル端末は、40年前のメインフレームが有していた性能の数千倍のパワーを備えている。これがテクノロジの進化というもの。モバイルでしかつながらないユーザは今後ますます増加する。
・これから5年以内にすべてがクラウドに置かれる
いまはまさにリアルタイムクラウドの幕開け。プライベートであろうとパブリックであろうと、ユーザはどこにデータが置かれているかをまったく気にする必要がなくなる。クラウドがあたりまえになりすぎて、もしかしたら"クラウド"という言葉を聞くことすらないかもしれない。
・これから5年ですべてがインメモリで動く
ディスクはもう必要ない。すべてのデータがインメモリに載ればものすごいスピードが実現し、ものすごいビジネスチャンスが到来する。「ディスクとインメモリのハイブリッドという選択肢は?」という人には「石器時代が終わったのは石がなくなったからではない」というリチャード・シアーズの言葉を贈りたい。
SAPはここ1、2年、グローバルでビジネスソフトウェアにおける「Any Device, Anytime, Anywhere」を提唱し続けており、インメモリプラットフォーム「SAP HANA」を基盤にしてこれを実現しようとしていることはすでに何度かお伝えしてきた。40年前、リアルタイムコンピューティングの実現を掲げたものの、テクノロジが追いついていないこともあり、また、基盤となるデータベースの自社開発を断念した過去をもつSAPだが、「40年経ってようやく、リアルタイムコンピューティングを実現するための基盤 - モバイル、クラウド、インメモリを手にすることができた」とスナベ氏は語る。そしてこの3つを高度に洗練された状態でつないた"Intelligent Business Web"を構築し、同社の製品やサービスをリアルタイムに提供していくという。
「Intelligent Business Webは既存のネットワークとはまったく違うコンセプト。コアとなるビジネスソフトウェアがクラウドというネットワーク上に置かれ、インメモリで動き、モバイルからアクセスされる」(スナーベ氏)。
そしてHANAを基盤とするIntelligent Business Webは、すでにいくつかのユーザ企業が徐々にその世界を体感しつつある。そのひとつがモータースポーツのF1グランプリで有名なマクラーレン・グループである。
マクラーレンを加速せよ - HANAがもたらす新たなビジネスチャンス
SAPはこの基調講演と同じ5月15日(米国時間)に、長年のSAPユーザであるマクラーレン・グループが、SAPのモバイルテクノロジとHANAを使った新しいITバックボーンの構築を開始することを発表している。会場ではこの発表にあわせマクラーレンのロン・デニス会長が登壇、思わぬ豪華なゲストの登場に聴衆からも嬉しい驚きの声が上がった。
「私はテクノロジを駆使するのが非常に好きなんだ」と語るロン・デニス氏はHANAを心から信頼していると言う。現在、マクラーレンでは"タイヤチェンジャーからエクゼクティブまで"をキーワードに、全従業員がモバイルからアクセスできるリアルタイムソリューションをHANAで構築中だ。このシステムはSAPが提供するパッケージタイプの早期導入システム「SAP Rapid Deployment Solution」での導入が検討されている。
「マクラーレンという組織はビッグデータを扱うことに慣れている」というロン・デニス氏の言葉通り、マクラーレンは1980年代からデータ至上主義ともいえるほど徹底したデータ分析を行ってきたチームとして知られている。
その最たる例がレーシングカーやドライバーに取り付けたセンサーから遠隔操作でデータを受信し、その場で分析する移動体テレメトリーシステムだ。F1だけでなく、インディカー・シリーズやNASCAR、さらにはテスト走行などでも使われているシステムで、マクラーレンの勝利に大きく貢献してきたことは言うまでもない。
そしてHANAを基盤に構築する新システムは、このテレメトリーシステムを、データ分析のスピードと精度の面でさらに強化することになる。ロン・デニス氏は「我々はデータ分析の力を得たことで、レースをただのスポーツからサイエンスに変えることができた。変化を受け入れなければ、決して力を向上させることはできないし、勝利もまた得ることはできない」と強調、スポーツビジネスにおいてはデータ分析こそが勝利への重要な導線であると語る。
なお、マクラーレンはこのテレメトリーシステムを自社だけでなく、他の企業にもライセンス供与している。たとえば、サンフランシスコの交通網としておなじみのBART(Bay Area Rapid Transit)では、乗客の安全を守るためのモニタリングシステムに同技術を採用している。このテレメトリーシステムがHANAでさらにパワーアップすれば、ビジネスの幅もより拡がりそうだ。