前回は、サービスデザインの考え方をより具体的に理解していただくために、象徴的な事例として、アメリカのカーシェアサービスである「Zipcar」の取り組みに関して、ユーザー中心思考、広義のインタラクションデザインという観点から解説しました。今回は、ビジネスデザインとしての側面を、ブランディングを中心に解説します。
Zipcarの「サービスデザイン」(3)-ビジネスデザイン的な側面
Zipcarにおいてもう一つ注目すべきなのは、ビジネスデザイン的な側面です。Zipcarには、複数のテクノロジーを有効なビジネスリソースとして組み合わせ独自のサービスに仕立てている点、駐車場などのビジネスパートナーとの関係性マネジメント、ライトユーザーからヘビーユーザーまでを満足させながら収益を安定させるプライシングなど、ビジネスデザイン的に注目すべき点がいくつもあります。
さまざまな注目すべき点がある中で、ここでは特に、ブランディングの側面に注目したいと思います。ブランディング以外で上記に挙げた側面は、どちらかといえば機能的な側面であり、Zipcarの競合にあたるサービスでも一定の実践を行なっています。
ところが、ブランディングに関してはZipcarのビジネスデザイン的な側面を考えるうえで、競合に対しても一歩抜き出ている点です。また、形の見えないサービスビジネスだからこそ、ブランディング側面での工夫が、Zipcarをカーシェアサービスの草分けにまで成長させた原動力の一つであると考えることができます。巧みなブランド管理によって、競合との差別化、ロイヤリティ向上を実現しているのです。

1.Zipcarの明確なアイデンティティ
Zipcarのブランディングにおいてまず注目すべきなのは、明確なアイデンティティとその徹底した管理です。ブランド名に冠されているZipという言葉は、日本語の“ビューン”のような、素早い動作を表す擬態語です。関連して、元気、活気といった意味もあります。「ちょっとクルマを使いたいときにクイックに使うことができる」というビジネス・コンセプトを体現したネーミングだと言えます。ブランドシンボルもこのネーミングを体現するべく、Zの文字が横方向に素早く動いている様子を表したものになっています。ブランドのシンボルカラーはライトグリーンとオレンジです。駐車場などの看板はライトグリーンが使われていて、半屋内で薄暗かったりする駐車場の中でも映えるよう工夫されています。このように、Zipcarのブランドは明確なアイデンティティを確立しています。
2.Zipcarの徹底したアイデンティティ管理
アイデンティティ管理に関しても徹底しています。ほぼすべての顧客接点が「ブランド化」されています。ウェブサイトやスマートフォンアプリ、駐車場の看板でブランドカラーが使われているのは当然ながら、ICカードやコー・パイロットと呼ばれる車内マニュアル、給油カードに至るまで、アイデンティティの踏襲が徹底しています。サービスデザインでは、顧客接点が多様かつ、それぞれがはっきりとした物理的な実態を伴わないことが多いため、どのように顧客にブランドの印象を残すかが課題になります。Zipcarのアイデンティティ管理はかなりのディテールにまで気を配ったものになっており、顧客への印象形成に大きな貢献をしていると考えられます。

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岩嵜 博論(イワサキ ヒロノリ)
株式会社博報堂 コンサルティング局ストラテジックプラニングディレクター
博報堂において国内外のマーケティング戦略立案やブランドプロジェクトに携わった後、近年は生活者発想によるビジネス機会創造プロジェクトをリードしている。専門は、エスノグラフィックリサーチ、新製品・サービス開発、ビジネスデザイン、ユーザ...※プロフィールは、執筆時点、または直近の記事の寄稿時点での内容です
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