IT業界への転職前に専門学校へ データ復旧から業務を始める
杉山さんが新卒入社した会社は住宅建材メーカー。同期が300人もいるなか、売上などのデータを多角的に分析して販売戦略や事業企画を立てる部署に新卒で唯一配属された。まだデータ活用自体が珍しい時代だ。
ITスキルや経験が少ない杉山さんには力不足を痛感する日々だった。隣にいる先輩は質問するのがはばかれるほど忙しそうなので、書籍から独学でITをこつこつと学んだ。2年ほどで杉山さんは一念発起する。IT業界に転職することにしたのだ。
ここが杉山さんにとって大きなターニングポイントとなった。元の会社にいればITを駆使して経営に貢献する道を歩んでいけたはずだ。新卒では珍しい業務担当への抜擢を見ると、何らかの素質を認められていたのだろう。筆者が「辞めるときに『期待していたのに』とか言われませんでしたか?」と聞くと、杉山さんは「言われました」とだけ。慰留を振り切るほどの強い意思や直感があったのだろう。
IT業界に転職するにあたり、杉山さんは地元福岡の専門学校でコンピュータ技術を学ぶことにした。実務経験があるので専門学校に行かなくても採用されそうだが、杉山さんは「テスト前には勉強しないと」「何事も基礎が大切」と思うタイプだそうだ。律儀である。
専門学校へ通学する傍ら、データリカバリーを専門とする会社で働き始めた。読めなくなったハードディスクやフラッシュメモリなどのデータを復旧するところだ。論理的な障害なら16進数のデータを読み、欠損を修正するなどしてファイルとして認識できるようにする。物理的な障害があればファームウェアの修正や部品交換も加わる。これはデジタルフォレンジックスに欠かせない基礎的なスキルになる。
後にその会社で新ビジネスを立ち上げることになった。当時データ受け渡し用のオンラインストレージがいくつか登場した時期で、杉山さんも後発ながら参入することに。1人で企画し、サーバーの組み上げからシステム構築まで全て杉山さん1人で行った。広告で収益を得るため、当初は広告主を探すために営業もした。ビジネスが成長するとサーバーに負荷がかかり、サーバーがダウンすることも。
徐々にセキュリティインシデントにも直面する。例えば「うちの社員が機密ファイルを外部に持ち出したようだ。警察に被害届を出すため、ログを出してくれないか」という依頼があった。不本意にもオンラインストレージサービスが不正に使われてしまったケースだ。この影響もあり、後にビジネス向けに関係者内だけで利用できるようにシステムをパッケージ化して提供することもした。
世間を騒がせた偽装メール事件で削除メールの復旧が話題になる少し前から、「消息不明の家族に関する情報の調査」や「業務ファイルの削除などの背任行為」などの相談が増えていた。そこから杉山さんは「デジタルフォレンジックス」について深く関わっていく。証拠隠滅のために削除されたメールやファイルの復旧以外にも外部媒体の接続履歴などの調査技術があると知り、需要を見越してデジタルフォレンジックス事業の立ち上げに着手する。デジタルフォレンジックス調査の提供に加え、デジタルフォレンジックソフトウェアの総代理店にもなった。
いろいろと新規事業を立ち上げたものの、部門が少人数ということもあり、「昼はデータ復旧作業と営業、夜は難易度の高い復旧作業やデジタルフォレンジックス調査」と復旧作業はずっと続けた。これが杉山さんの強みとなり、後に捜査機関を対象としたフォレンジック講師業務にも活きている。