未知の領域でゼロから何かを生み出したい
2017年9月6日。蔵本雄一はフランス大使公邸のレセプションホールで、多数のメディアに囲まれていた。
蔵本がCEOを務める自動車セキュリティ専業ベンダー「WHITE MOTION(ホワイトモーション)」の設立セレモニー。オープニングスピーチを務めた駐日フランス大使のローラン・ピック氏は、蔵本のセキュリティ分野での活躍を手放しで称えた。セレモニーの招待客リストには、日仏の銀行家や大手コンサルティングファームの役員をはじめ、自動車業界の幹部が名を連ねる。自動車分野のセキュリティが注目されているとはいえ、設立されたばかりのスタートアップ企業に対する扱いとしては別格だ。蔵本自身、「こんな状況、転職を決めた当時はまったく想像できなかった」と笑う。
ホワイトモーションは、日本の自動車総合部品メーカーであるカルソニックカンセイと、フランスのセキュリティ関連企業「Quarkslab(クオークスラボ)」が設立した、自動車分野専門のサイバーセキュリティ合弁企業である。さいたま市北区のカルソニックカンセイ本社内に拠点を構え、同社の設備を使用してセキュリティのテスト・検証などを行う。具体的には、電波暗室や風洞施設を使用した脅威分析や、エンジンコントロールユニット(ECU)の脆弱性評価、車載システムに特化したゲートウェイの開発、エンジニア向けのトレーニングサービスなどだ。
蔵本が同社のCEOに着任したのは2017年6月。それまでは日本マイクロソフト(以下、マイクロソフト)のテクノロジーセンターで、セキュリティアーキテクトとして活躍していた。メディア主催のイベントにも積極的に登壇し、サイバーセキュリティ対策の普及に奔走。「MSのクラモト」は、セキュリティ業界でよく知られた存在だった。
マイクロソフトからの転職を決めた理由について蔵本は、「マイクロソフトがイヤになったとかではないんです。新しい環境のほうが面白いことができそうだと思った。『自動車セキュリティ』は自分がまったく知らない未知の領域です。だから、そこで何かを作り出すことに魅力を感じました」と説明する。
20年近くIT業界にいた蔵本にとって、自動車業界は企業文化も商習慣もまったく異なる世界だ。入社から四カ月が過ぎた今でも「驚きと発見、戸惑いの連続。あっという間に時間が過ぎていく」毎日だという。
それでも蔵本は「自分のミッションは、自動車業界の人にサイバーセキュリティの重要性を理解してもらうこと。自動車業界が培ってきた『セーフティ(機能安全)』と、IT業界の『セキュリティ』をミックスし、自動車セキュリティ全体の底上げに貢献したい」と前を見据える。
既存の環境で1つのことを極めるよりも、何もない状態から必要とされる“何か”を作り出したい――。そう考える蔵本の原動力とは何なのだろうか。