生体認証はパスワードやトークンと何が違うのか
ビジネスや情報資産のデジタル化が進み、「アクセスを試みているのは誰か」を確認することは重要なプロセスだ。これまで情報セキュリティ的に「境界」というと、ネットワーク構成を指していたが、クラウドも混じり状況は変容しつつある。「これからはIDが新しい境界となる」と考える人もいる。
「その考えはちょっと短絡的ではないかと思う」と、ガートナーでバイスプレジデントを務めるアント・アラン氏は疑問視する。同氏は1991年からセキュリティに携わり、2000年からはガートナーでアイデンティティ/アクセス管理を中心に調査を続けている。
アラン氏はこう説明する。「IDは企業資産へのアクセスを許可するかどうかを判断する要素のうちの1つです。どこからアクセスしているか、どのデバイスを使っているか、他の要素も組み合わせて判断する必要があります。IDしか見ないとなると、重要な兆候を見過ごしてしまう危険もあると考えています」
認証の厳格化と利便性の向上は、セキュリティとビジネスの狭間でバランスが難しいところだ。ある海外の銀行ではセキュリティを強化するために認証を厳格化しところ、ユーザーエクスペリエンスが悪化し、客離れを招くなどビジネスに悪影響を与えた例もあったという。
セキュリティを維持しつつ、顧客の利便性を損なわないようにする手段の1つに生体認証があり、ユーザーへの負担が少ないことから近年急速に普及しつつある。今のところ生体認証では、顔、虹彩、手の静脈や指紋、音声などが使われている。あらかじめ本人からキャプチャしたものから特徴を抽出し、リファレンスデータを作成しておき、認証時には同じくキャプチャから特徴を抽出し、リファレンスデータと比較する。おおよそ一致すれば本人、そうでなかったら本人ではないと判断する。
生体認証では従来のパスワードやトークンと異なる特徴がいくつかある。1つは認証時の比較が「完全一致」ではないということ。生体認証ではしきい値を定め、それ以上かどうかで判断する。もう1つ、他人に貸与または共有することが難しいことも特徴になる。あってはいけないことだが、誰かにパスワードを教えたり、トークンを渡すことで、本人になりすますことができる。しかし誰かに指紋や声を貸すことは容易ではない。
アラン氏によると、生体認証に懐疑的な立場からは「生体認証はリセットができない」ことをデメリットとして指摘する声もあるという。「パスワードなら盗難されたらリセットできるが、指紋を盗まれたら指紋はリセットできない」というのだ。しかし生体情報を何らかの形で不正入手したとしても、多くの場合は生きている人間で照合するので成功率は低そうだ。
例えば指を当てて認証するタイプだと、皮下の情報を読み取るので、誰かの指紋をコピーして自分の指紋の上に貼り付けたとしても効果がない。またスマートフォンで顔認証が登場したばかりのころ、顔写真のプリントで顔認証が通るかどうか、寝ている顔で顔認証が通るかどうかなど、多くの検証がなされた。今では顔の立体感を判断したり、カメラに目線を向けることを要件としたり、システムによってはまばたきをうながしたりするものもある。顔認証で誰かになりすますのは容易ではないということだ。
現段階では、照合時の精度は実用に十分なほど高まってきていると考えてよさそうだ。アラン氏は「生体情報は他人とのシェアが難しく、生きている人間の体が生成するデータを用いて照合するのが特徴です。そのため説明責任を果たすときに強い説得力を持ちます」と指摘する。
日本ではまだあまり普及していないが、顔写真つき身分証明書を用いるケースも海外では増えてきている。顔認証用の顔を登録する時に、運転免許証やパスポートの顔写真と紐付ける。本人確認をより厳密にするためだ。