脱ハンコは行政だけでなく官民学で変えていくべき
押久保:そういう感覚が芽生えるのはいいことですよね。他にも何かありますか?
岩下氏:今回の脱ハンコは様々な場所で議論が起こりました。その中で行政側が悪いという話も多く取り上げられてきましたが、もちろん行政側だけの問題では実はないのです。
たとえば、紙中心で仕事をしてきた司法書士などの士業の方には、電子化することで仕事がなくなるという懸念を抱く方もいらっしゃる。一般の方の中でも、「今までこれで問題なかったのだから、このままでいいじゃないか」と考える方もたくさんいます。ITリテラシーの高くない方であればあるほど、その気持ちは強いでしょう。こういう方々に対しても電子化のメリットを伝え、理解していただく必要があるのです。
一つの好例として、私の古巣でもある銀行業界が挙げられます。今、住宅ローンの契約を完全電子化しているところが多いのはご存知ですか? 住宅ローンの書類はとにかく分厚い。そこにハンコをべたべた押していく。その作業だけでも1日仕事です。その上、この分厚い書類を銀行側は保存しないといけません。倉庫代も高くなっている中で、その紙保存の必要性については疑問の声がありました。それが電子化しても問題ないという流れになったので、各行が一斉に電子化へと動きました。結果、経費も削減でき、効率化できた。紙をなくすことについて、悪いことを言う方もいらっしゃいますが、いいところもたくさんあります。こういう便利さを実感してもらえばいいですよね。
神谷氏:岩下先生がおっしゃる通り、金融機関や不動産の契約などを皮切りに、今は業界問わず電子化の動きが活発です。企業だけでなく教育の分野でもそうです。立命館アジア太平洋大学は留学生の資料など電子化しています(参考)。
実は海外の大学などではこれが当たり前のワークフローです。大学に限らず日本企業も海外との取り引きが増えれば増えるほど、導入しなくてはいけなくなります。つまり遅かれ早かれ、多くの企業や組織がデジタル化しなくてはいけなくなる。遅くやるより早く着手したほうが、ノウハウもたまります。そのためには、繰り返しになりますがリーダーの意識の変化が求められるのではないでしょうか。企業であれば経営層ですが、社会全体で考えると国ですよね。行政にも強力に牽引してもらいたいです。
岩下氏:行政のシステムも民間のシステムもパソコンを導入していますが、それで紙を印刷してハンコを押しているという状況ではデジタル化とは言えないのですよね。デジタルの力を活用していないということを、今、多くの方が気づいているタイミングでもあるかもしれません。
押久保:過去に私がモデレーターを務めた対談でも、これまでの仕事をデジタル化することはDXではないという話で盛り上がった経緯があります。
岩下氏:そうですね。これまでは、コンピューターがなかった時代の仕事をコンピューターを使って行うという仕事の仕方が多かった。今は、それはそもそも必要なのか? という視点で変革するタイミングです。業務をもっと効率化して、人々の力をクリエイティブに使うほうがいい。そのほうが企業や国の成長につながるのではないでしょうか。
日本人は真面目な人が多いので、ハンコを押すということを規範としてしまったのではないかと推察します。その結果「効率が下がってしまった」では、悲しい。公的機関がデジタル化して新しいスタンダードを提示する必要があるでしょう。デジタル化にピンとこない人たちにも、いいことだとわかってもらえるようなムーブメントを作っていけたらいいですね。コロナは厄災ですが、デジタル化、DXのブームを後押ししている。この危機をチャンスと捉えるべきでしょう。
押久保:なるほど、今まさに大きく動くタイミングというわけですね。岩下さん、神谷さん今日はありがとうございました。