DXの3つの重要ポイントとは
コロナ禍で私たちの生活が激変する中、企業はDXの重要性を認識したはずだ。冒頭、デジタル時代を特徴づける要素として田辺氏が3つを挙げた。
第1に「人を介在せずに処理できること」である。顧客へのサービス提供に必要な処理のほとんどを後ろ側で行うことは、場所、距離、能力の制約をなくすことにつながる。第2に「専用機がいらないこと」だ。多くの処理がクラウドに移れば、ソフトウェアファーストでのビジネス設計が可能になる。第3が「トレーサビリティ確保・可視化ができること」である。データで経過を把握し、施策を実行中でも臨機応変に方針を転換することができるようになる。そうなると、企業競争で最も重要なのは顧客価値の最大化である。顧客の「顧」は個人の「個」に置き換えてもよい。顧客に対してサービスをあの手この手でパーソナライズして提供することが可能になった。
さらに、コロナ禍ではオンライン手続きの不備や、テレワークの阻害要因としてデジタル化の遅れなどの課題が様々な分野で顕在化したことは記憶に新しい。これらの課題をデジタルテクノロジーで解決しようという機運が高まっている。しかし、経済産業省として示しているDXの定義の本質は競争優位の確立にあり、人間がやっている業務の一部をデジタル化で置き換えることを意味するものではない。本来のトランスフォーメーションは、幼虫がサナギを経て成虫になるような変革であり、「デジタル化をもってDXと称するのは誤解」と田辺氏は改めて指摘した。
本来、DXとは企業それぞれが取り組む話である。それを承知で国としてDX政策を展開するのは、日本の経済生産性向上を促したいからだという。思うようにDXが進まない理由は企業それぞれに異なるが、概して経営陣のテクノロジーに関する知識不足は共通している。今日、ESG(Environment, Social, Governance)に関係することを「わからない」と言うことは許されないが、デジタルについてはそれが許される雰囲気がある。経営者の相談相手となるIT部門は忙しくしているし、社内で他の部門と対等に会話ができる地位を確立していない場合も多い。
田辺氏は生活習慣病改善の喩えを用いて、「メタボよりは痩せている方が良い。そのためには運動や食事に気を付けるなど、やるべきことは皆が知っているが、自分は健康だと思っているので、やらないでいる」と日本企業の現状を分析した。この現状を変えるには認識を変えるところからの出発になる。そこで経済産業省としては、「内への働きかけ」と「外からの働きかけ」の両方から働きかけることを重視して政策立案を行っているという。
DX銘柄の応募要件になったDX認定
内への働きかけという意味で重視しているのが、企業内の意識改革である。経済産業省が2018年9月に出した「DXレポート~ITシステム「2025年の崖」の克服とDXの本格的な展開~」の内容は既に多くが引用されている。このレポートで知られるようになった言葉が、タイトルにもある「2025年の崖」である。長年にわたり、日本企業はレガシーシステムの維持に多くの経費を費やしており、いわゆる攻めのITへの投資ができていなかった。同レポートは「もっと攻めのITへの投資を」と、企業を鼓舞する意味では一定の役割を果たしたものの、「レガシー刷新が前面に出過ぎて、他のメッセージが埋もれてしまった」と田辺氏は反省の弁を口にする。そこで、2020年12月に公開した「DXレポート2(中間取りまとめ)」では、最初のレポートでも言及した意識改革の重要性を再び強調したという。さらにレポート2では、コロナ禍を踏まえてどこに焦点を当てた取り組みを行うべきかをまとめたという。
もう1つの外からの働きかけでは、株式市場からの評価でDXを加速させることを狙う。具体的には2020年5月から施行開始となった「情報処理の促進に関する法律の一部を改正する法律」に基づく「DX認定制度」である。改正情報処理促進法では、企業がデジタル経営のために実践すべきことを「デジタルガバナンスコード」としてまとめた。これはデジタルガバナンスの達成度を測定する評価基準を示すもので、その中で定める基本的事項に対応することで、国から「DX-Ready企業」としての認定を受けられる。この「DX認定」を受けることは、経済産業省が東京証券取引所と共同で実施している「DX銘柄」の応募必須条件にもなる。
この条件を定めてDX銘柄を選出したのは2021年が最初だ。DX銘柄は2020年から選出されているが、以前は「攻めのIT銘柄」として知られていた。2021年6月に発表された最新の「DX銘柄2021」に選出された企業は28社。その中でも特に優れた取り組みを行う企業として、日立製作所とSREホールディングスの2社がグランプリとして選ばれた。