なぜデジタル庁は日付や住所、ヨミガナの整備を進めるのか──データ戦略統括が語る、データ社会への初手
100年、200年先のデータ駆動社会を見据えてデータを整備する

2021年9月に発足したデジタル庁。データ戦略統括チームでは、さまざまなデータの標準化や整備に取り組んでいる。その意義、将来的に見込める効果はどうか。どのような項目をどのように整備しているのか、同庁 データ戦略統括 平本健二氏に話をうかがった。
高度成長期に輸送網を整備したように、ITの荒れ地を舗装する
──はじめに、入庁までの経緯を教えていただけますか。
NTTデータでシステム設計に携わり、その後製造業のデータ標準化、公共政策のコンサルティングなどを経て、当時の通産省(現 経産省)に出向。情報技術政策や教育の情報化、「GIGAスクール」のはしりとも言える、教育の情報化プロジェクトなどにも携わりました。
出向から再び民間に戻りITコンサルティングに勤めているとき、政府で「CIO補佐官制度」が始まりました。私は個別の省庁ではなく全体を見たいため1期生には入らず、外から政府の支援をすることにしたのですが、その後、経済産業省からCIO補佐官として本格的に改革をしてほしいと声がかかり、内閣官房の政府CIO上席補佐官を経て現在に至ります。
──現在は「データ戦略統括」という立場ですが、元々関心が高い領域だったのでしょうか。
実は、民間にいたときに最初に携わったコンサルティングのプロジェクトが製造業のデータ戦略でした。CALS(Continuous Acquisition Life-cycle Support:継続的調達とライフサイクル支援)というプロジェクトで、「Create data once, Use it many times」、1度作ったデータ(図面)を徹底的に使い回すという考えが推進されていました。また、モデリング手法やシミュレーションなどのエンジニアリング手法が駆使されていました。元々、機械工学科出身ということもあり、一意な設計書から一意なアウトプットができるというエンジニアリングの感覚に馴染んでいましたが、このCALSプロジェクトに携わる中で、データの重要性とともに改めてソフトウェアンジニアリングを考えてみる機会を得ました。
ソフトウェアエンジニアリングでは設計書が1つなのに、異なるものができてしまうことがあります。不思議ですよね。図面にあたるものが共有されていなかったり、知識が正しく伝えられていなかったりするのか。引き継ぎの部分で労力が費やされているだけでなく、業者が変わると暗黙知の部分も抜け落ちてしまっていました。そこでデータの継承のあり方について2000年以前から取り組んできました。
「データの標準化や環境整備」が目指すところは、電気やガス、水道、道路と同じです。日本はかつて輸送網を作り、新興住宅街、新興工業団地にインフラを通したため、誰かが「ここに工場を作りたい」と思えばつくれる環境がありました。そこで高度成長を実現したのです。

しかし、ITは違う。環境が整備されていないために、野山のような荒れ地に工場を建てなくてはなりません。しかもベンダーごとに地盤が違うために「ここにはこれしか建てられません」という制限もあります。そのため、アイデアがあればすぐにビジネスを開始できるようにすることは、とても重要だと思います。たとえば、エストニアが称賛されているのは、社会の基本データがきちんと揃っているからです。そのため、簡単に新ビジネスを創出することができます。そうしたことを日本のITの世界でも目指していかなくてはいけないと強く感じており、データの標準化がすべてのボトムにあると考えています。
最近では、浄水場やポンプ施設にたとえて説明しています。行政には色々なデータが入り、出ていきます。「できるだけきれいなデータを入れて、きれいなデータを出す」という行政のデータ基盤が構築できると、浄化フィルターのように行政手続きを何周も繰り返すうちにデータがきれいになっていきますよね。
──IT先進国の例としてエストニアが挙がりましたが、他に参考にしている国はありますか。
EU全般をベンチマークとしています。EUは、加盟している国の規模や言語が異なり、日本よりも複雑なのに統合してルールを作ろうとしています。そこから学べることは大きいと思います。
──そのEUではデータ取り引きに関するルールが議論され、「GAIA-X」などに注目が集まっていますね。
GAIA-Xは、言わばデータを使ったサービスの表層の部分にあたります。日本では「GAIA-XやCatena-Xが脅威である」という声も挙がっていますが、基本的な部分が見えていないと思います。ヨーロッパにはデータ標準があり、その上に欧州横断のツール群やログ管理の仕組みが整備され、オープンソースツールなども活用しやすい。そうした基盤があった上に民間サービスのGAIA-Xがあるのです。
“GAIA-Xだけ”を見るというのは、クルマのボディや操作性だけを見るようなものです。もちろん表層も大事ですし、取捨選択も戦略の1つです。ただグローバルで本当に戦いたいのならば、根っこの部分から戦わないといけないと感じます。将来を見据えて、より大きな枠組みで考える必要があるでしょう。
──では、デジタル庁 データ戦略統括として就任して約1年半。これまで、どのようなことに取り組まれてきましたか。
デジタル庁の発足が2021年9月。その前の6月にデータ戦略を作り「こういう世界を目指す」というビジョンと目標値を作成しました。手始めに着手したのが、(前内閣官房から出ていた)データ標準化であり、「ルールブック」の策定です。前述した浄水場の例で言うところのフィルターにあたるものです。
また、現在はスマートシティのような取り組みも出てきており、どこかの市区町村からデータをうまく活用したミニモデルが出てくると思います。その際、大切なことは“リユース”できること。ある市でスマートシティのプロジェクトを実施し、別の市で展開するときに「データが異なるからカスタマイズが必要になる」という話では、ベンダーや自治体が不幸ですよね。そのため、データ標準化が重要なのです。
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加山 恵美(カヤマ エミ)
EnterpriseZine/Security Online キュレーターフリーランスライター。茨城大学理学部卒。金融機関のシステム子会社でシステムエンジニアを経験した後にIT系のライターとして独立。エンジニア視点で記事を提供していきたい。EnterpriseZine/DB Online の取材・記事も担当しています。Webサイト:https://emiekayama.net
※プロフィールは、執筆時点、または直近の記事の寄稿時点での内容です
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岡本 拓也(編集部)(オカモト タクヤ)
1993年福岡県生まれ。京都外国語大学イタリア語学科卒業。ニュースサイトの編集、システム開発、ライターなどを経験し、2020年株式会社翔泳社に入社。ITリーダー向け専門メディア『EnterpriseZine』の編集・企画・運営に携わる。2023年4月、EnterpriseZine編集長就任。
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