社会の強いニーズが新しい技術の普及を牽引する
― 現在の厳しい経済状況下では、たとえ復活の兆しが見えつつあるとしても、多くの企業、団体でのシステム投資は抑制される傾向にあります。このような状況において、ITシステムの技術はどのような動向を示していると感じらますか。
技術は、往々にして経済の状況などに無関係に発展することがあります。しかし、その多くが基礎技術であり、技術の実用化となると社会的なニーズに牽引されることが多いようです。特に、ムーアの言う“キャズム※ ”を超えて“普及”するためには、時代の強いニーズが不可欠といえるでしょう。
たとえば、近年注目を集めているクラウドを考えてみましょう。その「技術的本質」は「小さなコンピュータを集積させて、巨大なパワーを生み出す『大きなコンピュータ』とする」ことですが、クラウドには「自らで持たないシステム」という「用途的な特徴」もあります。この「自らで持たないシステム」という形態は、システム部門の分社化や売却といった形でも、過去にも存在していました。しかし、いくら分社化や外注化をしたとしても、運用要員のコストや設備負担コストなどの総コストが変わらないのならば、その意味はありません。
一方、クラウドはピーク時に合わせた設備を持つ必要がないことを可能にしました。そして稼働当初より将来の成長まで見越した設備投資を必要としません。スケールアウトに対応できるので、初期投資でのキャッシュアウトの抑制に直結するわけです。さらに、初期投資がないということは、設備の設置などにかかる時間も必要ない。つまり、より迅速にシステムの稼働が可能になるのです。
単なる「持たない経営」でもなければ、「帳簿上だけの資産圧縮」でもありません。これは設備投資という面からだけでの話ですし、すべてのシステムがクラウドに適しているわけでもありません。今はまだ限られた領域かもしれませんが、SaaSやASPという「設備投資から切り離された」サービスの提供形態は、この「キャッシュアウトの抑制」や「迅速なシステム稼働」という時代のニーズに対応できる素地があります。そのサービス形態をさらに広範囲で大規模に拡大させるニーズが、クラウドを支える要素技術を進化させるといっても過言ではないでしょう。
もちろん、これまでもキャッシュアウトの削減というニーズは存在していました。しかし、このニーズが、現在ほど、情報システム「そのもの」や、その周辺に強く求められていたことはありません。「自らで持たない」といっても、単に企業の「システム担当」が楽をする方向に流れていただけというケースもあったのではないでしょうか。
これからは、端的に言えば、「企業のIT関連の年度予算は右肩上がりに増えない」のに、「さらなるパフォーマンス」が求められると考えた方がよいでしょう。システムに掛けられる予算が削られて、併せて機能も低下させてしまう。そのような「システムのデフレスパイラル」を打破しなければなりません。これからのIT技術は、そのスパイラルを打ち破る方向に向かいます。それはクラウドだけではありません。企業の「システム担当」は、そのIT技術が何であるかを見極めることが求められます。楽をしていられる時代ではありません。