民間企業に与える影響:ユニクロや食品業界で実際に起こった攻撃事例
続けて齋藤氏は、日本に対する攻撃アクターの狙いとして以下の4点を挙げた。
- 政治的干渉:選挙介入が最も効果的なデジタル影響工作であり、米国・カナダ・豪州・台湾などが標的
- 社会的分断と不安定化:国家の意思決定を困難にし、極端な行動や判断ミスのリスクを高める
- 既存秩序を崩すネガティブキャンペーン:G7や先進国の国際秩序に対抗し、日本のイメージを損なう活動
- 経済技術的戦略:日本の価値ある先端技術を狙った攻撃が行われている
齋藤氏の研究チームは、AIモデルを用いて日本国内の政治活動における炎上とボットの関係を調査し、政治的な炎上にはボットが関与していることを確認した。具体的にどの勢力がボットを操作しているかは特定できていないが、日本国内でもデジタル影響工作と見られる活動が確認されている。
民間企業に対する事例としては、まず一般企業の乗っ取りを狙ったSNSメディアを使った影響工作がある。企業の役員のプライベート情報を探偵を使って収集し、それをネットやメディアに流して機関投資家の行動を誘導し、企業を乗っ取るという手法だ。これは技術を持つ企業を丸ごと獲得するという、広い意味での情報戦の一形態と言える。
次に同氏は、グローバル企業のユニクロで起こった地政学的炎上の事例を紹介。2020年にアメリカで「ウイグル強制労働防止法」が制定され、先進国ではウイグル産の製品を使わないよう規制する動きが広がった。そうした中、ユニクロが「自社ではウイグル産の綿を使っていない」とBBCで発表したところ、中国が政府関係者や国営メディアを通じた反論を開始し、さらに中国国内メディアや国内SNSを駆使して炎上工作を展開した。この事例は、国内向けの世論誘導を目的とした影響工作と考えられ、H&Mなど他のグローバル企業も同様の標的になり、中国市場から撤退を余儀なくされた企業もある。
さらに、SNS上での炎上工作によって株価が下落し、その後外資による株式購入につながったと推察されるケースも紹介された。この事例では、初期段階のSNS炎上でボットが大量に観測されたという。
これらの事例分析を踏まえて、齋藤氏は日本国内での情報戦のターゲットとなりうる企業として、中国が「核心的利益」と宣言しているテーマに関わる企業、「中国製造2025」で掲げられた10大重点分野(先端半導体、グリーンエネルギー、次世代自動車など)に関連する技術を持つ企業、そしてそれらの企業にサプライチェーンとして部品を供給している会社を挙げた。また、メディアや大学、シンクタンクも標的になりうると警告する。
同氏は最後に「地政学リスクは既にサイバーリスクとほぼ同義」と総括。両者の間に補助線的な位置づけとして、情報戦があるのだという。サイバーは国家戦略の手段の1つに過ぎず、様々な軸で国家戦略として狙いを定めた活動がサイバーや情報、経済、法律戦などを駆使しながら行われており、サイバーリスクも非常に大きな存在となっている。
「伝統的な軍と軍との戦いであれば軍人同士の話だったわけですが、今ではターゲットは民間が狙われるというところが、この情報戦時代あるいは新しい戦い方の特徴と言えます」(齋藤氏)
企業は自社、ひいては関連会社の地政学リスクを洗い出し、対策を講じる必要がある。そのためには自社にどういうリスクがあるのかを考え、アクションを取ったり、対処したりする練習をして、実践能力や対応能力を高めることが重要だと齋藤氏は述べ、講演を締めくくった。