提案書だけでは約束にならない
ご覧のように、判決は①準委任契約であること、②各工程ごとに成果物を納品する多段階契約であったこと、そして③提案書などに稼働時期や完成したシステムの構成が記載されていたとしても、即ち完成を約束したとは言えないこと、を理由に「ベンダーに完成義務はなかった」としました。
たしかに準委任契約であれば、完成責任は負わないのが原則です。よってこの事件も、①だけを見ればそれで十分という考えもあるでしょう。しかし前述した通り、システム開発契約では準委任であっても、ユーザーは完成を期待し、ベンダーもそれを約束する中で仕事が進められることは多々あります。開発現場はそこまで単純に割り切れるものではありません。
実際のところ、このプロジェクトでもベンダーは自ら最後までシステムを完成させるつもりだからこそ提案書に完成時期を書いたはずですし、ユーザーもそれを期待するのが当然です。
しかし、それでもいざプロジェクトが失敗した時、システムの完成責任について明確な約束がなければベンダー側は損害賠償はできないことになります。実際には、完成させるつもりでプロジェクトに参加したベンダーとその旨を明記した契約あるいは約束をしなかったがために、代金の返却やさらなる賠償の請求はもちろん、「責任を持って最後まで追加費用なしに作れ」という指示もできないことになります。
IT業界における準委任契約の実態
今回の件は、「準委任であってもベンダーはシステムを完成させるものだ」というユーザーの思い込みから起こったと言えなくもありません。ただ、これはこのユーザーが甘いということではなく、元々「契約形態にかかわらず、結局はベンダーがシステムを完成させるもの」というIT業界の事情が原因だったのかもしれません。
私も若い頃、エンジニアとして参加した開発プロジェクトの中には準委任契約の案件がいくつもありました。ご丁寧に契約のタイトルは「〇〇システム開発支援」とまで書いてありました。しかし、プロジェクトでシステムが完成せず、期間が延び、開発コストが予定をはるかに超えた場合でも、ベンダーが引き上げることなどあり得ませんでした。それはベンダーのプロとしての矜持という面もあったかもしれませんし、もしかしたら顧客満足度を考慮していたのかもしれません。ただ、契約を準委任にしているのは便宜的な理由からであり、実質的には「完成責任を負っている」という考えがベンダー側にも、ユーザー側にもあったのだろうと思います。
そうした感覚は今でも残っていて、だからこそ今回のプロジェクトも、準委任契約としながらもすべての工程をベンダーに任せ、プロジェクト管理もベンダーが行っていたのでしょう。とはいえ、プロジェクトが破綻した時には、そんな慣習よりも契約が大切になってきます。
ユーザー企業の皆さん、そしてベンダーの皆さんも、ご自分が交わした契約が「プロジェクト破綻時にも責任の所在が明確で、両者納得できるものであるか」を再度ご確認いただくのもよいかと思います。
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細川義洋(ホソカワヨシヒロ)
ITプロセスコンサルタント東京地方裁判所 民事調停委員 IT専門委員1964年神奈川県横浜市生まれ。立教大学経済学部経済学科卒。大学を卒業後、日本電気ソフトウェア㈱ (現 NECソリューションイノベータ㈱)にて金融業向け情報システム及びネットワークシステムの開発・運用に従事した後、2005年より20...
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