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情シス塾 第2回

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『EnterpriseZine Press』

2026年冬号(EnterpriseZine Press 2026 Winter)特集「AI時代こそ『攻めの経理・攻めのCFO』に転じる」

AI PoCはなぜ“死の谷”を越えられないのか?~現場で起こった失敗パターンと回避術~

見切り発車のAI PoCが引き起こす悲劇:技術的には成功でも「中止」になる……一体何が起こってる?

#1:PoCが始まる前に既に詰んでいる「企画とデータの落とし穴」

 「PoCは成功しました。でも本番化は……見送りになりました」──このセリフを何度聞いただろう。製造会社でも、保険会社でも、建設会社でも、業界は違っても、詰まる場所はいつも同じだった。AIコンサルタントとして、複数業界のAIプロジェクトのプリセールス(提案・営業支援)からデリバリー(実装・納品)まで一貫して関わってきた。売る側と作る側の両方にいると、“失敗の構造”が透けて見える。そうした構造は、PoCが始まる前に既に存在していることが多い。本連載では、失敗の構造が「PoCのどの段階で」顕在するかをフェーズ別に取り上げる。第1回はビジネス価値のギャップと利用可能性のギャップ、すなわち「企画段階の課題定義」と「データの現実」を扱う。どちらも高度なAI技術の話ではない。問いの立て方と、予算の問題だ。

この記事のポイント
  • AI PoCの失敗原因は、PoCが始まった後ではなく「始まる前」に仕込まれている
  • 「誰のどの業務をどれくらい改善するか」が定義されないままではAIは定着しない
  • データの現実は事前棚卸で可視化できる。PoCが始まってから気づくのは遅すぎる
  • 解決策は「AI技術不足」ではなく「問いの立て方」と「予算の使い方」

3つギャップが“負の連鎖”を引き起こす

 ある企業で、生成AIツールを全社員に展開した。ライセンスを一括購入し、IT部門は導入完了を「成功」とした。ところが半年後、利用ログを確認すると、全社員のおよそ3分の1は直近1ヵ月でログインした形跡すらなかったのだ。パソコンをあまり開かない社員がいることを鑑みても多すぎる。利用していないユーザーに「どうして使わないのですか」と聞くと、返ってきた答えはこうだった。

 「使わなくても業務が回ります」「何に使えばいいのかよくわからなくて」

 これはツールの問題ではない。展開前に整理されていなかったのは「誰が、どの業務に、どのように使うか」という問いだった。そしてまったく同じ構造が、生成AIや従来のAIのPoCでも繰り返されている。

 なぜ同じ場所で詰まるのか。複数のプロジェクトを横断して見えてきた構造を、筆者は同僚と3つのギャップに整理してみた。

ギャップ 内容
1 ビジネス価値のギャップ
  • AIで解くべき課題が定義されていない
  • ROIの試算がない
2 利用可能性のギャップ
  • データの量・質・規制上の制約が未確認
  • セキュリティ要件が未整備
3 AI人材・技術力のギャップ
  • 実現可能性を判断できる人が社内にいない
  • ベンダー提案の妥当性を検証できない
画像を説明するテキストなくても可
[クリックすると拡大します]

 この3つはそれぞれ独立して起こるのではない。課題が不明確なまま進み始めると(ビジネス価値のギャップ)、何を検証すべきかが曖昧になり、必要なデータ要件も定まらない(利用可能性のギャップ)。データ要件が不明なままでは、必要な人材・体制の判断も難しくなる(AI人材・技術力のギャップ)。つまり、これらのギャップは連鎖するのだ。

第1の落とし穴:「誰の、何を、どれだけ」の定義

「まずPoC」が走り出す前に止まれなかった現場

 生成AIブームの中で「AIで何かやりたい」という期待が経営層から降りてくることがあるだろう。IT部門がベンダーに相談すると「まずPoCを」という流れになる。このとき、多くのケースで整理されていないのが、次の3つだ。

  1. 誰の業務を対象にするのか(どの部門のどの役割の人なのか?)
  2. 具体的に何を改善するのか(検索時間の短縮なのか、書類作成の自動化なのか?)
  3. どの程度改善されれば「成功」なのか(工数を何時間削減したいのか、処理速度を何倍にしたいのか?)

 この3つの問いに答えられないまま始まるPoCは、技術的に動いても「本番化すべきか」の判断材料にはならない。

 製造業界のある案件では、図面・仕様書・議事録を横断検索できるRAGシステムのPoCが始まった。精度は十分に出ていたが、最後まで「現場の誰が、1日何分使うのか」「その時間削減が業務上どんな価値を持つのか」が定義されなかった。PoCのレポートには「精度〇%達成」と書かれたように技術的には成功と言えるが、経営層はGo/No-Goを判断できず、プロジェクトはそのまま止まってしまった。

ベンダー側にも構造的な問題がある

 ここで正直に書く必要がある。この問題はクライアント側だけに起因しない。セールスやプリセールスと技術検証の間に距離がある場合、課題設定自体がAIで解ける問いになっていないまま案件が動き出すことがある。PoCが「失敗」するのではなく、そもそも成功しようがないPoCの始まりとなる。これはベンダー側も自覚すべき構造的な問題だ。

 それでもPoCが失敗した原因が「AIの限界」ではなく「問いの設定ミス」であることは、プロジェクトが終わるまで誰にも気づかれないことがある。だからこそ、問いを正しく立てることがすべての出発点になる。

KPI設計は「技術」と「業務」の2軸で

 技術KPIと業務KPIは別物であり、両方をPoC開始前に設計する必要がある。

技術KPI 業務KPI

測定タイミング   

PoC期間中 PoC期間中に達成見込みを試算・検証
回答正解率、検索精度、応答レイテンシー 1件当たりの処理時間の削減見込み、月間工数削減の試算、エラー発生率の低下見込み
意味 技術的に成立するかの検証 本番化に値するビジネス価値があるかの検証

 たとえば「精度92%達成」は技術的には成功に見える。しかし「その業務で92%の精度があれば工数がどれだけ削減されるか」が定義されていなければ、経営層はGo/No-Goを判断できない。技術KPIと業務KPIの2層で設計し、PoC開始前に業務部門と合意しておく事項となる。

次のページ
第2の落とし穴:PoC開始後にデータの管理状況に気づくのは遅すぎ

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この記事の著者

三澤 瑠花(ミサワ ルカ)

TCS Japan AI Center of Excellence(AI CoE)deputy head / AI lab lead。AIコンサルタント/データサイエンティスト。保険・建設・製薬・小売など多業界で、AI導入プロジェクトのプリセールス(提案・営業支援)からデリバリー(実装・納品)までを...

※プロフィールは、執筆時点、または直近の記事の寄稿時点での内容です

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