企業が支払えないなら、契約書にサインした役員が支払うべき?
東京地方裁判所 平成29年2月3日判決[事件番号 平成27(ワ)9745・35834]
商品先物取引業者であるユーザは、オンライントレードを含む先物取引の受託業務に関する受発注処理、法定帳簿作成等を行う基幹システム(以下「基幹システム」という)の開発をベンダーに依頼し、両者はシステムの開発に関する契約を締結した。
しかし、開発中にベンダーがユーザに示した新基幹システムは機能しないものであり、完成の見込みがないと考えたユーザは履行遅滞を理由に契約を解除したが、ベンダーはこれを不服としてユーザに損害賠償を求める訴訟を提起し、ユーザもベンダーに損害賠償を求める訴訟を提起した(東京地判平26年9月10日 平成22(ワ)46537(本訴)、平成23(ワ)35190(反訴))。
判決はユーザの訴えを認める結果となりベンダーに賠償が命じられたが、ベンダーはユーザに対する弁済を行わなかった。
そこで、ユーザ側は、今回の失敗の原因は、そもそも契約で定めた期限までに完成させることが不可能な契約にサインをしたベンダー役員らにあるとし、これを会社役員としての任務懈怠として賠償を求める訴訟を提起した。
出典:一般財団法人ソフトウェア情報センター システム開発紛争判例研究会『判例で読み解くシステム開発紛争 ~事案概要と研究会検討を踏まえた解説~【一般公開版】』
システム開発失敗の責任を、ベンダー企業ではなく個人に求めるという訴えは、これまであまり見たことがありません。それだけに興味深い判決といえます。ここで出てくる「役員としての任務懈怠」というのは、システム開発紛争でよくある民法や商法ではなく、会社法の規定です。同法では、役員の悪意または重大な過失によって生じた損害は、役員が賠償する責任があるとされています。
会社法 第429条
役員等がその職務を行うについて悪意又は重大な過失があったときは、当該役員等は、これによって第三者に生じた損害を賠償する責任を負う。
今回のケースの場合、このベンダーが「システム開発を期限通りに完遂できないような契約書にサインをしたこと」が重大な過失にあたる、というのがユーザー側の言い分です。たしかに法律に照らせば、そのような訴えも可能であるように思えます。
しかし一方で、長くシステム開発の現場を見てきた身からすると、これは少し役員にとって酷な話ではないかとも思えてしまいます。システム開発の成功率というのは100%ではなく、現在でも失敗する開発プロジェクトは後を絶ちません。だからこそ、裁判所にも開発を巡る訴えが絶えないわけです。
そして、失敗の原因がベンダー側にあるとされる事例もたくさんあります。そんな中で、契約書にサインをした後はおそらく実際の開発にあまり関わらないであろう役員が、失敗のたびに個人で賠償責任を負うというのでは、怖くて誰もサインできなくなってしまうのではないか……。個人的にはそんな気持ちも出てきます。
とはいえ、今回のようにベンダー企業が弁済をしないとなれば、落ち度のないユーザーとしては誰かに賠償してもらわなければ気が済まないでしょう。また、会社法に上記のような規定がある以上、役員を訴えることはたしかに可能です。一般社員とは違い、会社の役員にはそれだけの責任があるともいえます。
さて、裁判所はどのように判断したのでしょうか。判決の続きを見てみましょう。
東京地方裁判所 平成29年2月3日判決[事件番号 平成27(ワ)9745・35834]
ベンダ役員らは、本件システム開発契約の締結及びその履行に直接関与する取締役であったから、ユーザに損害を生じさせないよう、現実的な履行可能性がある契約を締結するとともに、契約締結後は、開発期限までに新基幹システムを完成させることができるよう、契約の遂行を管理・実現すべき職務上の注意義務を負っていた。
ベンダ役員(のうちの一人)自身、新基幹システムの開発を平成22年6月末までに開発することは不可能であったと自認していることからすると、本件システム開発契約の締結時において、ベンダは期限までに新基幹システムを開発することは事実上不可能であり、ベンダ役員らは、その事実を認識し、あるいは、容易に認識できたにもかかわらず、そのことを告げずに、ユーザとの間で本件システム開発契約を締結し、期限までに新基幹システムを完成させなかったことが認められる。
ベンダ役員らは、現実的な履行可能性がある契約を締結する任務を懈怠し、任務懈怠について悪意又は重過失がある。
出典:一般財団法人ソフトウェア情報センター システム開発紛争判例研究会『判例で読み解くシステム開発紛争 ~事案概要と研究会検討を踏まえた解説~【一般公開版】』
この記事は参考になりましたか?
- 紛争事例に学ぶ、ITユーザの心得連載記事一覧
-
- ベンダー側の落ち度で開発プロジェクトが頓挫、しかし賠償の支払い能力がないと判明。そのとき責...
- 経産省指針から考える、現場で破綻しない秘密情報の「管理体制」とは?本末転倒な施策に走るまえ...
- 盗まれた情報は、いかなる場合も「秘密管理性」がなければ秘密情報だと認められない? 例外はあ...
- この記事の著者
-
細川義洋(ホソカワヨシヒロ)
ITプロセスコンサルタント
経済産業省デジタル統括アドバイザー兼最高情報セキュリティアドバイザ
元東京地方裁判所 民事調停委員 IT専門委員
筑波大学大学院修了(法学修士)日本電気ソフトウェア㈱ (現 NECソリューションイノベータ㈱)にて金融業向け情報システム及びネットワークシステム...※プロフィールは、執筆時点、または直近の記事の寄稿時点での内容です
この記事は参考になりましたか?
この記事をシェア
