ユーザー側も確認すべき「役員の役割と責任」
さて、ここまでは契約にあたって役員の責任、そしてベンダー/ユーザー双方が留意しなければいけない点について述べてきましたが、判決が示した注意義務の内容からすれば、役員の責任というのは開発が始まった後も続くはずです。
本件で直接問われたのは、契約締結時点での判断でした。しかし、そもそもこの紛争にしても、開発そのものが問題なく終わってさえいれば起こらなかったものです。実際の開発が始まってしまうと、役員クラスというのはどうしても開発現場からは距離を置いてしまいます。ただし実際には、役員もプロジェクトの重要なキーパーソンあるいは責任者としての責任から逃れることはありません。
判決でも、役員には「契約締結後は、開発期限までに新基幹システムを完成させることができるよう、契約の遂行を管理・実現すべき職務上の注意義務がある」とされています。具体的にいえば、役員は十分に信頼できるプロジェクトマネージャーを選任し、その管理に問題がないことを監督する必要があります。加えて、プロジェクトの主要なマイルストーン遵守、コストの遵守、主要要件達成の見込みを確認し、問題があれば対処するという責任もあります。対処というのは、たとえばプロマネおよび他メンバーの支援や交代、他部署からのヘルプ要員投入、追加コストの承認、あるいはQCDにかかわる変更などについて、ユーザー側の責任者と調整をする(ステアリングコミッティ)などです。役員だからこそできる仕事であり、部下や現場に任せることはできません。
反対にユーザーは、プロジェクト開始時点でこうした上位の人間が体制にいて、その役割からして必要なときには十分な対処を行ってくれること、またそれを可能とするために、プロジェクトマネージャーから開発の状況について適宜報告を受けるようになっていることを確認する必要があります。これは、プロジェクト計画書の体制表、役割分担表、コミュニケーション計画あるいは会議体計画などに書かれるべき事項であり、ベンダー側も責任をもってこれを遵守するし、ユーザー側もそれが実践されていることを随時確認すべきものです。
今回は、ベンダーの役員が賠償を命じられたという稀有な判決をもとに、そもそもシステム開発プロジェクトにおける役員あるいは経営層の役割とはどのようなものか考えてみました。私の経験では、ベンダーの役員が深くプロジェクトに関与し続ける開発というのは少ない気がしますが、実際には、関与の濃淡はともかく何らかの形で陰ひなたに支援や調整をする役割を、どのプロジェクトに対しても有しています。
しかし残念ながら、現状ではそうしたことをベンダー側が十分にやってくれないケースも少なくないため、前述のようにプロジェクト計画でそのあたりを確認し、それが本当に機能しているかを見続けることが、ユーザー側にも求められます。発注者であるユーザーがそこまでするのかとの感もあるのですが、現実を見たとき、そしてこのような裁判を見たとき、やはりそうせざるを得ない、システム開発というのはそういうものなのだと考えざるを得ないのが実態ではないでしょうか。
この記事は参考になりましたか?
- 紛争事例に学ぶ、ITユーザの心得連載記事一覧
-
- ベンダー側の落ち度で開発プロジェクトが頓挫、しかし賠償の支払い能力がないと判明。そのとき責...
- 経産省指針から考える、現場で破綻しない秘密情報の「管理体制」とは?本末転倒な施策に走るまえ...
- 盗まれた情報は、いかなる場合も「秘密管理性」がなければ秘密情報だと認められない? 例外はあ...
- この記事の著者
-
細川義洋(ホソカワヨシヒロ)
ITプロセスコンサルタント
経済産業省デジタル統括アドバイザー兼最高情報セキュリティアドバイザ
元東京地方裁判所 民事調停委員 IT専門委員
筑波大学大学院修了(法学修士)日本電気ソフトウェア㈱ (現 NECソリューションイノベータ㈱)にて金融業向け情報システム及びネットワークシステム...※プロフィールは、執筆時点、または直近の記事の寄稿時点での内容です
この記事は参考になりましたか?
この記事をシェア
