2026年9月9日、プライバシーテック協会と個人情報保護委員会事務局による報道関係者向け勉強会が開催された。同勉強会では、2026年7月10日に成立し、17日に公布された「個人情報の保護に関する法律等の一部を改正する法律(令和8年改正法)」において新設された「統計作成等の特例(統計特例)」と、それを支えるプライバシー強化技術「PETs(Privacy Enhancing Technologies:プライバシー保護技術)」の役割について、行政・技術・民間の視点から解説が行われた。
(左から)個人情報保護委員会事務局 企画官 影井敬義氏
プライバシーテック協会 事務局長/株式会社Acompany 執行役員 VP of Public Affairs 兼 VP of Strategic Alliances 竹之内隆夫氏
⼀般財団法⼈⽇本情報経済社会推進協議会 常務理事 坂下哲也氏
まず、個人情報保護委員会事務局 法制室(技術担当)企画官の影井敬義氏は、令和8年改正法の全体像および「統計作成等の特例」の制度設計について発表。現行法の下では、信仰・病歴・犯罪歴などの差別につながり得る要配慮個人情報の取得や、個人データの第三者提供には原則として本人同意が不可欠とされてきた。
しかし、複数事業者が保有するデータを横断的に共有・解析するニーズの高まりを受け、今回の改正では、特定の個人との対応関係が排斥された「統計情報等の作成」にのみ利用される場合、本人同意を不要とする特例規定が整備された。
影井氏は、この「統計情報等の作成」にはAI開発における機械学習処理も含まれるとしつつ、「目的外利用や再販売を防止するための規律として、提供元・提供先間での書面による合意形成や、利用目的などの公表義務が課される」と説明した。
また、同改正法では利活用推進のみならずリスク対応の強化も盛り込まれている。たとえば、16歳未満の子供の個人情報取り扱いにおける法定代理人の関与義務化や、「本人の最善の利益」を考慮する責務規定の新設、生体情報のうち顔特徴データに関する透明性確保とオプトアウトによる第三者提供の禁止、さらには悪質な大量データ違反に対する経済的抑止策としての課徴金制度(財産的利益相当額の納付命令)の導入など、多角的な制度改正が行われた。
そのほか、同委員会事務局の法制室内に“技術担当”企画官(影井氏)が2026年8月に着任し、技術的調査や政策検討を行う専任チーム・体制が新設された。従来の法制度や監視監督を担う組織に加え、技術的調査・分析や政策検討を専門に行う技術チームが新設されたことは同委員会初の試みであり、法執行の実効性向上に向けた大きな組織的進展といえよう。
同委員会としては、施行に向けたロードマップに従い、政省令・ガイドラインの整備とともに技術的知見を集約した事務局レポートの作成や専門人材の確保を進め、実効性のある法執行体制を構築していく方針とのことだ。
続いて、プライバシーテック協会事務局長でありAcompanyに所属する竹之内隆夫氏が登壇。技術的側面からPETsの体系と「統計特例」における実装可能性について詳述した。
PETsは個人情報を保護しつつ高度なデータ分析を可能にする技術群の総称であり、OECD(経済協力開発機構)の2023年ガイドラインなどに基づき「暗号化したままの処理(秘密計算等)」「データ難読化(匿名化・仮名化・差分プライバシー・合成データ)」「連合・分散分析(連合学習)」などに分類される。
竹之内氏は、特に注目を集めている技術として機密コンピューティング(CC:Confidential Computing)や各種秘密計算(MPC:Multi-Party Computation)などを挙げた。従来の暗号化技術が「通信時」や「保存時」の保護に留まっていたのに対し、Confidential ComputingはCPU内のメモリ領域に安全な金庫を形成することで「利用中(処理中)」の生データも秘匿化できる。これにより、システム管理者やクラウド事業者であってもデータ内容を閲覧できない環境が実現する。
竹之内氏は、この技術的特性が統計特例と高い親和性をもつと語る。データ提供元から受領先へ生データを開示することなく、TEE環境内で統計集計プログラムを実行させ、処理完了後に生データを自動削除するプログラミング構造を組むことで、データ漏洩や再識別化のリスクを技術的に抑制できる。すでにNTTドコモとJALによる位置情報・チケット情報の突合分析、九州大学病院における医療データと購買データの連携解析、複数銀行間での連合学習を用いた金融不正検知など、多様なユースケースが実証・事業化されはじめているとのことだ。
海外の巨大IT企業が自社エコシステム内でデータを独占する構造に対し、日本企業が勝利するカギは企業・業界の垣根を越えた「データ連携」と「信頼できるAI」の構築にあり、PETsはその攻めのインフラとして機能すると結論付けた。
最後に、日本情報経済社会推進協会(JIPDEC)常務理事の坂下哲也氏が登壇。急速な人口減少に直面する日本社会の構造的課題と、それに対応するためのデータガバナンスの必要性について説明した。
日本の女性人口の過半数が50歳以上となり、少子高齢化が加速する中、従来のマスマーケティングや一律の行政サービスは持続困難となり、個々人の状況に即した「公平なサービス提供」への転換が不可欠となっている。坂下氏は抗がん剤投与の臨床現場を例に挙げ、従来の体表面積などに基づく「最大耐用量」の一律投与から、患者個々の遺伝子や日常のバイタルデータをAIで解析・個別最適化することができれば、副作用の激減と医療費の合理化が両立できると述べた。
ただし、こうしたパーソナルデータの連携を推進する上では、データ提供側と受領側との間における強固なガバナンス構造と透明性の確保が前提となる。何をしてよくて何をしてはいけないのか、事後的な監査可能性や利用ログの保存を含む合意形成を明確に行う必要がある。
坂下氏は、法律やガイドラインによる個別規制のみでは急速な技術進展に対応しきれないとし、認定個人情報保護団体などの第三者機関を活用した官民共同規制の枠組みによって、業界実態に即した自主ルール(個人情報保護指針)を策定・運用していくことが、社会全体の信頼感を醸成する上で重要だと語った。
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