みんな違って、みんないい笑顔でした(よだれは気になりませんでした)
「うちの会社、ちょっとおかしいのかもしれない……」
そんな気付きが、研修も終わって仕事に慣れはじめた
新入社員たちに訪れだすのが、
雨降りばかりが続くこの季節なのかも知れません。
ほっと息をついて、滴の流れ落ちる窓ガラスの向こうで
水溜りを切り裂くタイヤの音を聞いているうちに、
この数ヶ月のあいだ頭の隅をひっかき続けていた違和感に
気付くのです。
おかしい。この会社はなにかがおかしい。
気付いてしまった彼らのうち、好奇心の強い幾人かは
違和感の元をたどって壮大な旅へ出発し、
ついには宇宙へ飛び出します。
「この地球、ちょっとおかしいのかもしれない……」
彼の心の虚空にうかぶ青い球体は、はっきりなにとは
言えないものの、たしかになにかがおかしいのです。
自分の心に育った違和感を周囲の人々に伝えようと、
彼は最善をつくします。その結果、周囲の人々の心には
当然ながら別な種類の違和感が育ってゆくのでした。
「あの人、ちょっとおかしいのかもしれない……」
おかしくはないのです。むしろちょっぴり哀しいのです。
あの人をちょっとおかしくしてしまったのは
あの会社のちょっとしたおかしさなのかも知れないのです。
しかし、そんなふうに思いをはせる筆者の口元には
なんだかよくわからないニヤニヤ笑いが浮かんでおり、
やはりなにかがおかしいのです。
さて、では「ちょっとおかしい」とは
どのくらいのおかしさを指すものなのでしょうか。
社員が全員ヤモリのように壁に張り付いて高速で這いまわる
という業務風景は、「ちょっとおかしい」の範疇をかなり
逸脱しているように思えます。
キーボードのかわりに、おかあさん豚とお乳をのむ子豚たちの
精巧なレプリカが机の上に置かれ、子豚を押すことで
エクセルに歌をうたわせることができる、というOA環境は、
ふつうはフィクションの中にしか存在しないと
考えられるものでしょう。
喫煙室にゆくと、火のついた直径2メートルの紙巻きタバコが
1本だけ設置してあり、社員がわれさきにフィルタに顔を
突っ込んで大きく息を吸い、恍惚の無表情をうかべて
次々と昏倒する、という情景は、日常性からあまりにも
遠いところにあるために、平凡な祭りにしか見えません。
そういった状況のなかでは、「ちょっとおかしい」などという
おだやかな違和感は育つことができません。
このようにエクストリームな異常は、
人格を粉砕するような最初の衝撃のあとは、
速やかに穏やかに日常化してゆくものなのです。
かくして、我々は得体のしれない不安から解放され、
会社という巨大なギアボックスはスムーズに回転を
続けることができるのです。
「ちょっとおかしい」は、なかった。
よかった。
本日もはりきってまいりましょう。