会社を大人買いできる社会の実現へむけて、新社会人の挑戦
「会社を買ってください。会社を買ってください」
街角で声を張り上げる、ひとりの少女。
手にはマッチのたくさん入ったかごを下げ、
古典的で悲劇的な結末を通行人たちに予感させますが、
そもそも今は6月。マッチで暖をとろうがとるまいが
凍死の危険などありはしない、東京都のここは新宿駅前です。
しかし、通行人たちがより子細に観察してみると、
彼女の手には一本の火のついたマッチがすでにありました。
そして、その足元には、いかにも可燃性のありそうな
液体の入ったポリタンクが置かれているではありませんか。
より現代的でバッドなエンディングがここで
準備されているのかもしれないと、通行人たちは
戦慄とともにようやく悟りました。
「会社を買ってください。買ってくれないと死ぬ!
でも買ってくれても死にます。数十年以内に。寿命で」
非常に面倒なキャラクターであることが
通行人たちにもよく理解できました。
そもそも彼女が通行人に売りつけようとしている
「会社」とは、いったいなんなのでしょうか。
彼女が手にしているマッチを製造する会社なのでしょうか。
「会社っていうのはジョブズの会社です。
あれを買ってください。私に」
無言で立ち去ろうとする通行人たちですが、
ちょっと待ってください!
「ジョブズの会社」ときいて、人がふつう連想するのは
たしかにあの会社ですが、ジョブズの会社はもうひとつあるのです。
つまり、ジョブズという名前の人物が経営する、ある業界では
それなりに知られた会社が、日本にはあったのです。
100人の通行人たちのなかでただ1人だけ、
このもう一つの「ジョブズの会社」に思い当たった人物がいました。
しかし、彼は悲しみとともに心の中でこうつぶやきます。
お嬢さん、ジョブズの会社はもうないんです。
ジョブズは今も元気だが、栃木で農家をやっています。
うちにも時々野菜を送ってくれます。
あなたをジョブズに会わせてあげたい。あなたの服装をみれば、
彼の商売を本気で継ぐつもりでいることがわかる。
だが、彼はもうあの会社のことを、あの業界のことを
思い出したくはないのです。
そうして、彼は静かにその場を去りました。
駅へ向かう彼とすれ違いに、自転車に乗った巡査が
現場へ大急ぎで駆けつけてゆきました。
その後、少女は自力でジョブズを見つけだし、
いろいろあって今は栃木で農家をやっています。
とてもおいしい野菜を、うちにも時々送ってくれるのです。