「ここまでは打ち合わせ通りです」(アフリカ象に踏まれながら)
その部屋には、窓がひとつもありませんでした。
時は21世紀後半、郊外の、とある住宅の地下室です。
この小さな密室で、3人のティーンエイジャーによって
ある秘密の儀式が執り行われていたのです。
それは、「打ち合わせ」でした。
21世紀初頭の現在ではそれなくしては生活が成立しないのに、
21世紀後半には跡形もなく消え失せているというものが
いくつかあります。
たとえば、ふつうの家屋にはもはや台所は存在しません。
家で料理をするという習慣が完全に失われてしまったからです。
複数の人間がひとつの場所に集まって行う
「打ち合わせ」もまた、慣習としてそんな振る舞いが
かつて存在したことさえ、すでに忘れられていたのです。
理由は言うまでもなく、ネットワークの発達です。
高度な即時コミュニケーションが可能になった結果、
集団としての意思決定は、あらたまった話し合いの必要もなく
いつのまにか自然になされているようになっていました。
しかし、まったく新しい概念を打ち出したいとき、
あるいは、大河の流れに磨かれた丸石のように
角ひとつないコンセンサスを形成したいというようなときに、
「打ち合わせ」と呼ばれる古代の儀式が必要になると
彼ら未来の21世紀キッズは考えたようなのです。
そこで彼ら3人は、
(ちなみに、3人の内訳は、やんちゃなリーダータイプ、
おっちょこちょいな食いしん坊、はにかみやさんのサイコパスです)
電波すら通さぬ地下深くの密室で、何度も激しく
お互いの頭部をぶつけあい、さまざまな色と形の閃光が
視界の周辺に炸裂するスペクタクルをリアル体験していたのでした。
つまり、明らかに大きな勘違いをしていたのでした。
彼らがやっていたことは、打ち合わせというよりは
「鉢合わせ」とでもいうべきものでした。
彼らは完全に間違っていたのですが、
にもかかわらず、自分たちがなにかに近づきつつある、
なにかを掴みつつあるという確信は強まる一方でした。
衝撃がついに設計強度を超え、3人の強化ガラスの頭蓋骨が
同時に砕け散ると、3つの脳髄が勢いよく放り出され、
空中で合体して、おおきなひとつの脳髄になりました。
円盤状の、ちょっと変わった形の6Pチーズのような
その大脳髄は、発光し、回転しながら日暮れの空へ
飛び出してゆき、誰の目にもとまらぬうちに音速を越え、
成層圏を離脱して、警察官に補導され、教師に反省文を
書かされて、それぞれの親にこっぴどく叱られました。
ひとりは懲りて、ふたりは懲りず、
10年後にひとつの会社が誕生します。
22世紀の始まりを牽引することになる新しいテクノロジーが、
この小さな会社から生まれることになるのです。
「つまり、打ち合わせはとても大事なのです」
数十年後、記念講演で、ひとりがそのように得々と語ることになります。
失われた台所についても同種のエピソードがあるのですが、
ここでは割愛させていただきました。
しかし、台所の重要性はあらためて語るまでもないでしょう。