ウェブサービスのお引っ越し、その電子的大八車のホイール径を探る
数百万人、数千万人といったユーザーを抱える
ウェブサービスが所有するデータの量を、
私たちはなかなか実感できないものだと思います。
それはもうあまりに膨大で、日常の感覚の延長では
把握できないスケールに達してしまっているのです。
とはいえ、運営に関わる者としては、このデータの
膨大さをしっかりと頭に叩き込んでおかねばなりません。
そういった目的のため、某G社では、
収集したウェブページの総バイト数とまったく同じ数の砂粒を
本社敷地の地下にある巨大な空洞に保管しています。
日々絶え間ないクローラーの収集により刻一刻と増えてゆく
ウェブページデータの量を正確に反映するため、
天井にある小さな穴から砂時計のようにさらさらと
砂粒が落ち続けています。
砂の中央はすり鉢状にくぼんでおり、そこに新入社員を落として
会社が扱うデータがいかに膨大であるかを実感してもらうのが
おきまりのイニシエーションとなっているのだそうです。
また、某M社では、
人の形に切り抜いた紙にID番号が印刷されたものが
特殊な機械で昼夜を問わず作成され続け、
やはりこれもある秘密の大きな部屋に刻一刻と積みあげられて、
実際のソーシャルネットワークサービスにおける
ユーザーの増加に対応しているのだそうです。
不祥事をおこした社員へのペナルティとして
この人型の紙の山のなかから特定のIDのついたものを
探し出すという罰ゲームが導入されたことがあるそうですが、
5人に適用したところで廃止が決まったとのことです。
その5人がどうなったかはおそろしくて聞けませんでした。
さらに、某Y社の知恵袋部門では、特殊な布地でつくられた
巨大な袋のなかに、巨大な脳髄が納められています。
脳髄とはいったいなにごとかと皆さんもお思いになるで
しょうが、脳髄は脳髄であり、脳髄です。
どのような技術が使われているのかはわかりませんが、
この巨大な脳髄にすべての知恵がインプットされており、
それを栄養として脳髄は少しずつ成長しているのだそうです。
脳髄を袋から出すことは堅く禁じられていて、
袋の中を見たものは必ず発狂すると言われています。
部署の人間は一人のこらずこの袋の中を覗いたことが
あるとも言われています。
このように、一流のウェブサービスの運営に関わる人々は
自分たちの扱うデータの量がどの程度であるかという認識を
かなり高い精度で身体感覚として持っており、
それゆえに、それらのデータを動かすことに本能的に
抵抗するのではないかと、専門家は推測しています。
いわゆるベンダー・ロックインは、彼らが無意識のうちに
互換性をまったく考慮しないデータの記述形式を選択することによって
なかば意図的に引き起こされるものであろうと
専門家は分析しています(酒が入って気が大きくなったときなどに)。
ところで、専門家は雲をとても恐れています。
専門家は膨大な数というものに本能的な強い恐怖を
抱いており、入道雲を見るたびに、それを構成する
水分子の総数を想像してしまい、めまいを覚えるのです。
昏倒し、救急車で運ばれた専門家は、熱中症との診断を受け、
自分にもひとつは熱中できるものがあったのだと、喜びました。
それが、今年の夏のできごとでした。