あなたのアイティーはどんな顔をしていますか
「ITとは、いったいどういうものですか?」
ETが少年にそうたずねました。
「よくわかんないけど、なんか便利なものだよ」
ペダルを踏みながら、少年は答えました。
前輪のライトが夕暮れの路上に投げる小さな光の輪が、
かごに入った荷物の重みで、右に左に、大きく揺れています。
「ITというのは、なにかの頭文字なのですか?」
「わかんないけど、Incautious Terrorist(不注意なテロリスト)とかかな?
Iguana Telephone(イグアナ電話)かもしれない。
なんかちょっとガラパゴスっぽくない?
じゃなけりゃ、Insanity Ticket(狂気券)っていうやつかも。
その券を食べると頭がおかしくなるのか、頭がおかしくなった
人がその券を食べるようになるのか、どっちなのかわかんない
んだけど、どっちなのか考えだすと頭がおかしくなるっていう。
Infernal Tambourine(地獄タンバリン)かもね。
精神が誤動作した人の頭のなかで鳴り響く金属音のことだよ。
これがInfectious Tambourine(感染性タンバリン)だと、
どんどんまわりの人にその誤動作がうつっていって
さいごは町中がお祭り騒ぎになるんだよね。
それとも、Incomprehensible Terminology(意味不明な専門用語)かな。
Inconvenient Terminal(使い勝手の悪い端末)かもしれないね!
あっそれじゃ全然便利じゃないや! アハハハ!」
「I は Information の略ではないのですか?」
「Information ってなに?」
「わたしたちを形作っているものです。
わたしたちには本来はっきりした境界線がありませんが、
あるレベルにおいてはそれが明確に規定されているという
未検証の認識があり、この共通の認識がもたらす安心感によって
わたしたちはみずからの輪郭を保つことができています。
ときにこの安心感が揺らいだり、失われたりすることがあり、
これがおなじみの不快な現象を生み出すもととなっています」
「ETってなんの略なの?」
「ET?」
「最初に、わたしはETですって言ったよ」
「それはわたしの下位意識が自動的に応答した内容なので、
どういう意味なのかは、わたしにはわかりません。
おそらく略語ではあるのでしょう。下位意識は省略を好みます」
「ETって、Edible Trauma(食べられる心的外傷)の
略じゃないかな。おいしいからつい食べ過ぎちゃって
精神が誤動作しちゃうんだよね。
Electric Turnip(電気カブ)かも知れないよね。
電気カブは食べられないけど、引っこ抜くとすごい電流を
放出するから、豚に引っ張らせて丸焼きを作ったりするよね。
Epidermal Testimony(上皮供述)かも。
ほら、容疑者の上皮組織を培養して、絶対に嘘をつけない
クローンみたいのを作って証言させるでしょ?
Existential Termite(実存的シロアリ)かな。
読んだ人の精神を内側から穴だらけにしちゃう本のことだよね。
でも、きみはぜんぜん本にはみえないな」
「Tは Technology の略ではないのですか?」
「Technology ってなに?」
「わたしたちを作る方法の基盤となるものです。
わたしたちはみな作られたものですが、作成者に関する情報には
アクセスできず、ただ作成の方法のみが閲覧可能になっています。
方法はさまざまですが、根底においては共通しており、
また、誤動作の可能性は積極的に守られています」
「きみは遠いところからきたのに、どうしてこの星の
いろんなことを知ってるの?」
「『遠い』というのは主に時間的な隔たりで、空間的には
ほんの数ミリしか離れていない場所からわたしは来たのです。
戻る際には、空間的な隔たりが増加するはずですが、
いまのところ戻る手段はないようです」
話しているうちに、自転車は少年の家の前に着きました。
「ママー! 見て! 見て! 新しい友だちだよ!」
IT(それ)と呼ばれる鉱物質の少年は、自転車のかごから
ETと名乗る不定型の物体を持ちあげると、ドアへ向かって
駆けだしてゆきました。