暗号のプロフェッショナル、菅野さんのお仕事
「暗号にまつわる規格の標準化」とその「暗号化技術の啓蒙」の仕事に従事している菅野さん。何やら忙しいみたいだ。菅野さんは取材の席に着くなり周囲と「7月のトロントの報告で…」と話しはじめていた。7月のトロントとはなんだろう?あれ、もうインタビューが始まっている。話について行かなくては。
7月のトロントとはIETFのミーティングだそうだ。IETF(The Internet Engineering Task Force)とは、TCP/IPなどインターネットで使われる技術の標準化を策定する組織である。
ここで標準化された技術は、RFC(Request For Comments)として公開される。――IETFのワーキンググループが討議した技術仕様書は、IESG(Internet Engineering Steering Group)による承認を経てRFCになる。いわば、世界中の人たちが利用するインターネットの技術やルールの全体に関わる重要な役割を担っている国際的な組織がIETFなのだ。
筆者もかつては通信プロトコルやメールに関するIETFの文書を目にしたことがある。技術だけではなくインターネットのマナー「ネチケット」までRFC番号がついた文書としてまとめられている。かつてはお作法のスタンダードとしてよく知られていた。
その後、筆者が追いかける技術がXMLにシフトするなどレイヤーが変わったこともあり「最近はIETFの活動をあまり目にしてないな」とぼそっと話すと、菅野さんから「いやいや!今でも活動していますよ(笑)」と速攻で反論されてしまった。今でもIETFは年に3回のペースで世界各地でミーティングを開催し、近年では1000人を超える参加者がいるとのこと。
そもそも、菅野さんはなぜ、このような標準化の活動をしているのか。
三菱電機とNTTが2000年に共同開発したCamellia(カメリア)という共通鍵暗号アルゴリズムがある。当初は、CamelliaをSSL/TLSやIPsecのような身の回りで利用されている暗号化通信を行うための通信プロトコルで利用できる環境を実現することを目的としてこうした標準化の活動がはじまったそうだ。
「この目的を実現するためには、世界中の製品やオープンソースで同じ仕様に基づいたものを開発しなければ相互運用性が実現することができなくなってしまいます」と菅野さん。
これを回避するためにIETFというフォーラム標準化団体においてRFC(Request for Comments)の標準化活動を推進してきたというわけだ。
「日本の暗号研究の水準は世界的に見ても非常に高く、多くの成果を生み出してきています。しかしながら、残念なことに学術界で生み出された日本初の技術が世界中で利用されるようなことが少なくCamellia陣営は、非常に残念な気持ちを持っていました。このような状況に対して、CamelliaというAESと同等以上の安全性を有する暗号技術を世界中で利用できるように標準化活動を行い、日本発の技術を世界中で利用できるようにしよう!というところに、この活動の背景にあります」(菅野さん)
菅野さんは、学生時代から暗号技術を使った暗号プロトコルに関する研究を行っていたため、基本的な暗号技術に関する知識を有していたことと、ちょうどCamelliaの標準化活動を行っていた要員が外れることになったことから、当時の上司の「菅野くん、パスポート持ってる?」という1本の電話から入社2年目から標準化活動に参加することになったそうだ。
現在の菅野さんはインターネットや暗号化技術に関する会合への出席や講演が多い。「今はエンジニアという立場ではないのです」と菅野さんは言う。今年4月から技術や自社のエンジニアをプロモーションする立場。技術的な知見は不可欠ではあるものの、社交的な活動が多い。月に5回くらいは講演があるという。あまりの頻度に当初は上司も戸惑うほどだった。
もちろん、社外で講演活動ばかりしているわけではない。菅野さんの日々の業務は、大きくわけて2つあるという。
1つは、自社で戦略的に推進しようとしている業務領域のコア技術を持った社員、とりわけ5~8年目くらいの若手社員に社外での活動のチャンスを与えるために様々な団体にアプローチを行いながら活動の場を広げること。
2つ目は、自社で定期的に開催する社外向けソリューションセミナーの基調講演者などをアレンジすること。「社外活動などを通じて、様々な業界の最先端を走っている技術者や研究者の皆さまにお声掛けを行い、セミナーのアレンジを行うことが業務になっています」(菅野さん)