AIブーム再び
当時は非力なコンピュータしかなかったので、AIはもちろんエキスパート・システムも実用化レベルには至らなかった。とはいえ、ここで培った技術はその後、コンピュータの進化と共にさまざまな領域で「普通」に使われるようになる。たとえば日本語入力ソフトにも当時は「AI変換」と呼ばれるものがあった。ひらがなで音を入力し単漢字変換していたものが、前後の単語の意味を解釈し文節変換ができるように進化したのだ。そんな日本語入力ソフトはいまや当たり前の存在、あえてそれにAIの呼称を付けることはなくなった。この他にもちょっと賢く自動制御するような家電などにも、AIの呼称はよく使われていた。
ところで1980年代後半に起こったAIブームが、IT業界に今再び訪れようとしている。そのきっかけを作ったのは間違いなくIBMの「Watson」だろう。IBMが開発した質問応答システムのWatsonが、米国の人気クイズ番組「ジョパディ!」で優勝したのは2011年のことだ。コンピュータがクイズという自然言語を処理するところで人間のクイズ王に勝利できるようになった。鉄腕アトムなどは夢のまた夢だった1980年代後半からすれば、これは大きな進歩が見られた瞬間だった。
当時は実験的なプロジェクトだったWatsonはその後着実な進化を続けており、現状では現実ビジネスの世界で活用できるIBMの新たなソリューションとなっている。すでに医療分野では癌治療の医師をサポートしており、おいしい料理を作るためにもWatsonが利用されている。
情報をナレッジ化してそれを民主化する
IBMコーポレーションシニア・バイス・プレジデントでIBM Watsonの責任者 マイク・ローディン氏は「これからはIoT、人工知能、ロボティックが重要になる」と言う。それらにより今、情報革命が起きているのだと指摘。IoTなどによりさまざまな「こと」「もの」が急激にデジタル化している。それらからは大量なデータが生まれており、情報収集のスピードは現状の仕組みでは追いつかない。情報を活用し変革するには、これまでとは異なる新しい仕組みを作る必要ある。その新しい仕組みの1つが、IBM Watsonと言うわけだ。
「データを意味のあるものに変換するのが興味深いところです。それをやるのがアナリティクス。データをナレッジに変えます」(ローディン氏)
このナレッジ化でもう1つ大事なのは、それを誰か特定の人だけが利用できるようにするのではなく民主化することだ。「グローバルスケールで民主化します」とローディン氏は言う。
Watsonはすでにさまざまなビジネスで適用されつつある。さらにはビジネス分野だけでなく、アカデミックの世界でも利用されている。実際ワールドクラスの大学との提携も次々と発表しており、日本においても今回東京大学と癌治療のための研究領域で提携することを新たに発表した。これは北米の大学以外では初の事例だ。
Watsonは今、プラットフォームになっている。さらにWatsonは大きく2つに分かれ、 1つがWatson Analyticsでこちらは主に構造化データを扱うものだ。もう1つがクイズ王に勝ったようなコグニティブ・コンピューティングとIBMが呼んでいる領域であり、こちらは主に非構造化データを扱う。前者のWatson Analyticsは、従来のBusiness IntelligenceやBusiness Analyticsの延長線上にあるものと捉えてもいいだろう。自然言語のインタフェイスを持つことで、今までにはない柔軟なユーザーインターフェイスで検索や分析が行えるのが1つの特長になっている。