裁判所には、作成したプログラムの著作権の問題など、ソフトウェアの権利に関する紛争が多く持ちこまれます。
「開発委託契約で作ってもらったプログラムのソースコードを受託者が渡してくれない。これでは、今後のメンテナンスもできないじゃないか」と委託者が訴え、ソースコードを渡してしまうと、それを元にちょっとした改造を加えた程度で再販等されてしまう危険がある。著作権の観点から見ても、ソースコードを渡すことはできないと、受託者が反論する――こんな事例が沢山あるわけです。
他のソフトウェア紛争事例と違って、ソフトウェアの権利に関する紛争は、どちらかがやるべきことを怠ったために、どちらかが損害を蒙ったというような類のものではありませんし、明確に責任をとるべき人間がいる紛争でもありませんので、当事者同士が話し合っても、平行線のまま歩み寄れない場合も多いらしく、客観的な判断を求めて裁判所までやってきてしまうことが案外多いようです。
では、紛争を持ち込まれた裁判所は、どんな判断をしているのでしょうか。いくつかの判例を見る限り、裁判所の判断は比較的シンプルというか原則に基づいてバッサリと判断してしまっていると言うのが私の感想です。
ソフトウェアの著作権等の諸権利については、これから数回に分けてご紹介させていただきますが、今回はその導入として、裁判所が、そんなシンプルな考え方に基づいて判断した例をご紹介したいと思います。著作権についての裁判所の基本的な考え方をご理解いただければと思います。
契約書等で特別に取り決めのない場合のソースコードの著作権
ご紹介するのは、契約書等で、特に諸権利について定めのない場合のソースコードの著作権についての判例です。ソフトウェア開発委託契約 (請負契約) で作成したソースコードの著作権は委託者と受託者のどちらにあるのでしょうか。
【大阪地方裁判所平成26年6月12日判決より抜粋・要約】
あるソフトウェア開発業者が,出版社からテスト用ソフトウェアの開発を請け負い、ソフトウェア開発委託契約に基づいて開発を行い納品した。
ところが、その後、ソフトウェア開発業者は、開発業を廃業することとなった。そのため、出版社は、その後のソフトウェアメンテナンスの為にソースコードの引き渡しを求めたが、ソフトウェア開発業者はこれを断った。出版社は、これに対し、ソフトウェア開発業者が契約に定める義務を怠ったとし損害賠償を請求し、訴訟となった。
実際、この出版社は困ったでしょうね。現実に使っているソフトウェアのメンテナンスが、今後できなくなるというわけですから。ソフトウェア開発業者の方も廃業をしてしまうなら、ソースコードを引き渡してしまえば良いとも思うのですが、なぜ引き渡さなかったのかは、私にもよくわかりません。
それはともかく、この契約では開発の完了後、納品物にソースコードを含めるか否かについて、特に決めていなかったようです。そのことを踏まえて、裁判所はソフトウェア開発業者がソースコードを渡すべきだったかどうかを、その著作権がどちらにあるかによって判断しています。以下の通りです。
【大阪地方裁判所平成26年6月12日判決より抜粋・要約】(つづき)
(本件は開発では)、ソフトウェア開発業者が,本件ソースコードを制作したものであり,本件ソースコードの著作権は原始的にソフトウェア開発業者に帰属していると認めることができる。(中略)
その一方で、見積書等,出版社とソフトウェア開発業者との間で取り交わされた書面において,本件ソフトウェアや本件ソースコードの著作権の移転について定めたものは何等存在しない。(中略)
また,出版社は,ソフトウェア開発業者に対し,本件ソースコードの提供を求めたことがなかっただけでなく,(中略) 本件ソースコードの提供ができるかどうか問い合わせているのであり,出版社担当者も,上記提供が契約上の義務でなかったと認識していたといえる。(中略)
以上によると,ソフトウェア開発業者が,出版社に対し,本件ソースコードの著作権を譲渡したり,その引渡しをしたりすることを合意したと認めることはできず,むしろ,そのような合意はなかったと認めるのが相当である。
まるで、ソフトウェアの著作権についての入門書に出てきそうなくらい、シンプルに著作権の帰属を判断する条件を述べた判決です。まず、①ソースコードの著作権は原始的に(つまり、特別な約束事がなければ ) 制作者に帰属する 。そして、②著作権を委託者 (この場合は出版社) に移転したければ、その旨を書面等を取り交わすなどして、両者が合意する必要がある、ということです。
当たり前と言えば、当たり前の考え方です。この例では、受託者がベンダーで、委託者がユーザという構図ですから、なんだか意地悪な判決にも見えてしまいますが、これがたとえば、元請けのソフトウェア業者と下請けのソフトウェア業者であるとするなら、下請けが作ったものを元請けが勝手に流用して利益を挙げたり、下請けの担当者の個性や独自の工夫を無断で利用したりと言ったことを防ぐためには、やはり、著作権は原始的には制作者のもので、特に約束がなければソースコードを渡す必要はないとしたこの判例は、それなりに合理的と考えることもできます。