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週刊DBオンライン 谷川耕一

SAPが会津若松で中小企業のものづくりのイノベーションに取り組む理由

 2025年の崖をどう乗り越えるのかの話題とともに、タイミングが重なるSAP ERPのサポート終了をユーザーがどう乗り越えれば良いかの話題が取りあげられることが多い。SAPと言えば、ERPアプリケーションのトップベンダーだ。それは間違いないが、同社のビジネスは今や、従来のERPアプリケーションよりもそれ以外の売り上げのほうが大きい。

既にSAPはERPアプリケーション売り上げの割合が6割

 SAPは1972年にドイツで創業、世界中の経済取り引きの77%がなんらかSAPのソフトウェア経由で行われているとも言われる。同社は人事や会計など企業がビジネスを行うのに必要なビジネスソフトウェアを提供し、世界中で規模を拡大してきた。

 SAPでは当初、良いものを作れば顧客が喜んでくれると考えていた。それがリーマンショックのあった2008年頃に業績が一時的に落ちたことを受け「これからは、顧客に価値を提供しなければだめだと考えました」と言うのは、SAPジャパン株式会社 代表取締役会長の内田士郎氏だ。そこで2008年に再創業に取り組み、より良いERPアプリケーションを提供するだけでなく、新たに顧客へ価値を提供できる会社へと自ら変革に取り組んでいる。

SAPジャパン株式会社 代表取締役会長 内田士郎氏

SAPジャパン株式会社 代表取締役会長 内田士郎氏

 SAPでは再創業から10年が経過し、徐々に変革の効果が出ている。結果的に従来のERPのビジネスが4割、それ以外の売り上げが6割というところまで改革は進んでいるのだ。この変革は顧客とともに実現してきたもので、自社を変革し顧客の変革をサポートするのが、今のSAPのビジネスだと内田氏は言う。

 これを実践するためにSAPでは、世界中の220社以上の企業と「Business Innovators Network」を築いている。これはイノベーションを志向する企業の集まりであり、変革を志向する大企業、変革に投資するベンチャーキャピタル、変革のドライバーとなるスタートアップ企業、さらにはスマートシティを実現しようとする自治体や大学などの研究機関も加わっている。

 国内でも既に変革のためのさまざまな活動を実践している。たとえば三菱地所と協業し、大手町にオープンイノベーションのための協業スペース「Inspired.Lab(インスパイアード ラボ)」を開設、大手企業とスタートアップ企業などの出会いと協業の場を提供している。さらにコマツ、NTTドコモ、オプティム、SAPが協業し建設業務における生産プロセス変革のためのプラットフォーム「LANDLOG」の取り組みも知られている。他にも大分大学との協同研究では「EDISON」という防災、減災プラットフォームの開発を、沖縄県ではデータドリブン観光プラットフォームの構築などにも取り組んでいる。

新たなイノベーションの拠点を福島会津若松に開設

SAPイノベーションフィールド福島

SAPイノベーションフィールド福島

 SAPでは国内でのさらなるイノベーションの取り組みとして、2019年11月25日、福島県会津若松市に「SAPイノベーションフィールド福島」を開設した。会津若松氏は2017年に「会津若松市第7次総合計画」を策定し、その計画の柱の1つとして「スマートシティ会津若松」を掲げ、ICTを活用するスマートな市政運営に取り組んでいる。その拠点として「スマートシティ AiCT」を設立、既にアクセンチュアなどがここでスマートシティ実現のための活動などをサポートする。

 今回のSAPイノベーションフィールド福島も、AiCTの中に開設された。ここから会津若松市の中小企業のデジタル変革、市民のICT教育をSAPが支援する。「福島では中小企業を連携させ、強みのあるものづくりを推進します。ここではそのための実証実験を行い、上手くいった結果は全国に拡げていきたいと考えています」と内田氏は言う。

 SAPイノベーションフィールド福島では、「ものづくり」「教育」「イノベーション」の3つの柱で活動を行う。ものづくりに関しては、「Industry 4.0」を中小のものづくり企業で展開する。中小企業をICTで連携させ、大企業に匹敵するようなものづくりプロセスを実現する実証実験を行う。教育に関しては小中高生向けのプログラミング教育を行い、グローバル人材育成のために学生のSAPでのインターンシップなども実施する。

 イノベーションの取り組みについては、SAPのテクノロジーを活用するスタートアップ企業のアクセラレーション・プログラムなどを実施する。手法としてはSAPが社内外で実践しているデザインシンキングを活用する。これらにより、会津若松市のスマートシティ推進に貢献していく。

ICT会津若松市 市長 室井照平氏

ICT会津若松市 市長 室井照平氏

 会津若松市では既にICTをツール、手段として活用する、さまざまな実証実験を行っている。「SAPには、会津若松をフルに活用して欲しいと思います。さらなるSAPとの連携で、伝統産業の漆器なども含めものづくりをどう発展させていくのか、そこにも期待しています」と言うのは、ICT会津若松市 市長の室井照平氏だ。そのためにはデザインシンキングも含めて取り組んでいき、こういった取り組みが生産性の向上にもつながるだろうとも言う。AiCTには、既に18社のICT企業が参集している。これもまた、会津若松でSAPがイノベーションフィールドを開設して活動することのメリットとなる。さらにITに強い会津大学を含む産学連携も積極的に薦めていくと、室井氏は強調する。

会津若松にはイノベーションのためのインフラが揃っていた

 なぜイノベーションフィールドを開設する場所が、会津若松だったのか。会津若松には12万5000人の市民がいて会津地域にはさらに27万5000人がいる。これらの市民データがスマートシティ実現の取り組みの中で既に利用できる形でデータベース化され利用できるようになっている。「会津若松市では承認を得て利用できる市民データが全体の4割ほどもあります。普通はこれが2割くらいでしょう。さらにAiCTもあり、イノベーションに取り組むためのインフラが揃っていました」と内田氏は言う。

 具体的には、まずものづくりにフォーカスする。福島、会津若松のものづくり中小企業をSAPのグローバルなクラウドでつなぎ、大きなシステムとして活用できるようにする。その際には企業間を連携させ、ものづくりのためのスムースなプロセスも実現させる。「10の中小企業が集まれば、大企業と同じようにできるはずです。そういったことをここでやっていきます」と内田氏。その上で教育は、次世代人材の育成のためにも欠かせない。若い人にICTでのものづくりに興味を持ってもらい、イノベーションを起こせる人材を福島の地で長い目を持って育成していくと言う。

 SAPイノベーションフィールド福島のような活動は、すぐにSAPのビジネスに大きく貢献するものではないだろう。しかしながら、しっかりと常設拠点を構えこういったことに取り組むことは、SAPのERPアプリケーション以外のビジネスを中長期的に拡大することに貢献するはずだ。ERPアプリケーションの機能が優れているからだけでなく、こういった取り組みをしているSAPだからSAPのERPを選ぶという中小企業も、今後は出てくるのかもしれない。

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谷川 耕一(タニカワ コウイチ)

EnterpriseZine/DB Online チーフキュレーターかつてAI、エキスパートシステムが流行っていたころに、開発エンジニアとしてIT業界に。その後UNIXの専門雑誌の編集者を経て、外資系ソフトウェアベンダーの製品マーケティング、広告、広報などの業務を経験。現在はフリーランスのITジャーナリスト...

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