実際、ITの素人であるユーザ側には正確な性能計算は難しく、それが間違っていたからと言って、即座にサーバの故障とは、やはりクラウドサービスとしての品質が高いとは言えませんし、クラウド業者の言い分も、なんとも人情味がないのですが、しかし契約の内容を見れば、理屈と言えば理屈です。
では、裁判所は、こうした問題についてどのように判断したのでしょうか。
クラウドの解約を巡るトラブルは、今後も増えていくことが予想されますので、一つの考え方として参考になるかもしれません。
東京地方裁判所平成26年11月5日判決より
ユーザは,本件解約予告において,本件解約に至った理由として,ユーザのビジネス拡大により急激に増えているシステム及びデータのトラフィック量とトランザクション量に対応するためであり,他社に決めた理由として,[1]仮想サーバの品質・拡張性・費用の点,[2]独自キャリアとのセットによる提供(1G回線で静岡を含む4拠点を結ぶ)であった点を挙げたことが認められるところ,上記解約理由は,いずれもベンダの責めに帰すべき事由によるものとはいえない。
クラウド業者の責任範囲はSIerと異なる
実際の判決文は、もちろんもっと長いのですが、この論点については非常に短く、たったこれだけです。しかし、ある意味、端的に今回のケースの責任について断じています。判決では、まずクラウド契約とユーザのビジネス拡大の因果関係を認め、それによっての解約であるなら、クラウド業者に責任はないと言っています。サーバが故障したとか、データ量が増えたときのソフトランディングの施策の有無などは関係なく、全面的にクラウド業者の主張を認めた形です。
この判決を読んだとき、正直なところ、ユーザに対して冷たすぎるのではないかと思いました。私は長くユーザ企業を相手にシステム開発を行う仕事をしてきました。その際に何よりも大切だと教わったのは、システムとは、業務のためにあるのであり、ユーザの業務に資してこそ価値があるということです。たとえ自分達の責任ではなくても、業務がうまく回らないのであれば、なんらかのシステム的な手当てをするのもベンダの責任のうちと考え、実践もしてきましたし(有償の場合も無償の場合も)、逆に多少の不具合があっても業務に支障がないのであれば、対応を延期させてもらったり、対応しなくても良いということもありました。こうした考え方は、裁判の場でも比較的一般的であり、"ベンダの専門家責任"という言葉まで定着していました。
そうしたことから考えると、ユーザと合意した性能目標が甘かったとなったとき、特に対策をとることもなくサーバが障害を起こすまで何もしないという、このクラウド業者の対応は、契約書上のサービス条項に記載されている以前の、言わば不文律として存在すべき、安全なサービスの提供にもとるのではないか。そんなことを考えました。
しかし、ここではっきりさせなければならないのは、クラウド業者はSIerではないということです。クラウド業者は、言ってみればパッケージソフトの開発者と似ていて、ユーザの事情や業務量の変化に従い個々にきめ細かな対応をしてくれる存在ではありません。そうしたことを行うのは、あくまでSIerかユーザ側のシステム担当者なのです。世の中では、SIerがクラウドサービスを行っている場合もあり、ユーザもその辺りを混同してしまいがちですが、両者には、そうした面でハッキリした違いがあり、この判決も、そうした違いが反映したものと考えられます。もしも、これがSIサービスに関する契約なのであれば、裁判所も何らかの形で、ユーザの業務に支障をきたしたシステムの責任をSIベンダに求めたことでしょう。しかし、クラウド業者にそうした責任はありません。
クラウド業者にそうした責任を持ってほしければ、自社のニーズにあった適切なサービスメニューを持つクラウド業者を選定するべきでしょう(クラウド業者の場合は、個別に契約を結ぶのは難しいので、基本的にはサービスメニューや約款をよく確認して、自身に都合の良い業者を選ぶことが大切です)。
クラウド全盛の時代になって、ユーザ側の責任と、求められる知識レベルに変化が起きつつあると感じるのは、おそらく私だけではないでしょう。(了)