逆に言えば、パブリックのクラウドサービスを使う場合には、そうした利用の終了の仕方について、よくよく事前に確認しておく必要があります。クラウド契約は、通常、最短でも1年毎の更新とするものが多いようですが、ときにユーザ側が契約を途中で打ち切りたいと考えることもあるでしょう。現在利用しているクラウドよりも、もっと有利なサービスに乗り換えたくなった、あるいは、クラウドサービスの品質が期待を下回っており、業務に支障が出る場合などです。
このうち、前者については、ある意味ユーザ側の自由意志によるものですから、例えば、途中解約しても、契約の残存期間分の費用を支払うなど、しなければならないことが約款等で定められています。しかし、後者の場合、つまりサービスの品質が悪いので、クラウド利用をやめてしまいたいという時にはどうでしょうか。ユーザから見れば、システムに不具合が多すぎて使えないので契約を止めたいと思っても、そうした際の取り決めが契約でなされていない場合、クラウド業者も素直には解約に応じてくれないかもしれません。
途中解約でも残存期間の費用を払わなければならないか。
今回は、そんなクラウドサービスの途中解約についての紛争をご紹介したいと思います。簡単に申し上げると、ユーザの業務が急に拡大したことにより性能が追い付かなくなったため、不具合が発生するようになったクラウドサービスをユーザは中途解約できるのかという問題です。もちろん、解約自体はできるのですが、さて、残った期間のサービス料金まで払う必要があるのでしょうか。事件の概要からご覧ください。
東京地方裁判所平成26年11月5日判決より
あるユーザ企業がクラウド業者との間で、コンピュータ資源を提供する契約(IaaS)を締結した。この契約には解約条項が含まれており、3か月前の解約予告によって解約ができるとしつつも,クラウド業者の帰責事由がない場合にユーザが中途解約した場合には,契約期間満了までのサービス料金を支払う旨が定められていた。
ところが、クラウドの利用を始めるとサーバが故障して外部との通信が不可能になるなどの障害が発生するなどあった為、ユーザはクラウド業者のサービスが不十分であるとして、サービスを解約する旨を解約希望日の2ヵ月前に行った。これに対してクラウド業者は,これは、「クラウド業者の責によらない解約」であるとして,契約において定められた期間満了までのサービス料金の支払い等を求めたが、ユーザには支払う意思がなく、裁判となった。
少し補足をすると、なぜ、サーバの故障が発生したのか、その原因はユーザ側の業務が急激に拡大したことによるトラフィック量、トランザクション量の増加にあったことが判決文から推察されます。もちろんクラウドサービスを利用するに当たっては、それなりに性能算定を行いはしたのでしょうが、事前の算定を上回る結果だったようです(なお、このユーザはクラウドサービスの解約を申し出るとともに、別のクラウド業者を選定し契約しています)。
昨今のクラウドは、業務量の拡大に伴い通信料やストレージの性能に不足があれば、業者が追加を提案してくれたり、自動で拡張してくれたりしますが、このサービスはどうやらそうではなかったようです。その辺りは契約内容によるのかもしれませんが、やはり不親切と言えば言えないこともありません。また、いくら性能が足りないからと言って、それが原因でサーバ自体が故障してしまうのは、業務への影響も大きく、クラウドサービスとしてあまりにぜい弱ではないか。ユーザはそのように考え、これは業者側の責による解約だと主張するわけです。
しかしクラウド業者の方は、もっとドライに、想定を上回るトラフィック量、トランザクション量があれば、約束したサービスの提供はできない。それを不満に思って解約するのなら、それはこちらの責ではなく、残存期間の費用は支払ってもらうと言っています。
実際、ITの素人であるユーザ側には正確な性能計算は難しく、それが間違っていたからと言って、即座にサーバの故障とは、やはりクラウドサービスとしての品質が高いとは言えませんし、クラウド業者の言い分も、なんとも人情味がないのですが、しかし契約の内容を見れば、理屈と言えば理屈です。
では、裁判所は、こうした問題についてどのように判断したのでしょうか。
クラウドの解約を巡るトラブルは、今後も増えていくことが予想されますので、一つの考え方として参考になるかもしれません。
東京地方裁判所平成26年11月5日判決より
ユーザは,本件解約予告において,本件解約に至った理由として,ユーザのビジネス拡大により急激に増えているシステム及びデータのトラフィック量とトランザクション量に対応するためであり,他社に決めた理由として,[1]仮想サーバの品質・拡張性・費用の点,[2]独自キャリアとのセットによる提供(1G回線で静岡を含む4拠点を結ぶ)であった点を挙げたことが認められるところ,上記解約理由は,いずれもベンダの責めに帰すべき事由によるものとはいえない。
クラウド業者の責任範囲はSIerと異なる
実際の判決文は、もちろんもっと長いのですが、この論点については非常に短く、たったこれだけです。しかし、ある意味、端的に今回のケースの責任について断じています。判決では、まずクラウド契約とユーザのビジネス拡大の因果関係を認め、それによっての解約であるなら、クラウド業者に責任はないと言っています。サーバが故障したとか、データ量が増えたときのソフトランディングの施策の有無などは関係なく、全面的にクラウド業者の主張を認めた形です。
この判決を読んだとき、正直なところ、ユーザに対して冷たすぎるのではないかと思いました。私は長くユーザ企業を相手にシステム開発を行う仕事をしてきました。その際に何よりも大切だと教わったのは、システムとは、業務のためにあるのであり、ユーザの業務に資してこそ価値があるということです。たとえ自分達の責任ではなくても、業務がうまく回らないのであれば、なんらかのシステム的な手当てをするのもベンダの責任のうちと考え、実践もしてきましたし(有償の場合も無償の場合も)、逆に多少の不具合があっても業務に支障がないのであれば、対応を延期させてもらったり、対応しなくても良いということもありました。こうした考え方は、裁判の場でも比較的一般的であり、"ベンダの専門家責任"という言葉まで定着していました。
そうしたことから考えると、ユーザと合意した性能目標が甘かったとなったとき、特に対策をとることもなくサーバが障害を起こすまで何もしないという、このクラウド業者の対応は、契約書上のサービス条項に記載されている以前の、言わば不文律として存在すべき、安全なサービスの提供にもとるのではないか。そんなことを考えました。
しかし、ここではっきりさせなければならないのは、クラウド業者はSIerではないということです。クラウド業者は、言ってみればパッケージソフトの開発者と似ていて、ユーザの事情や業務量の変化に従い個々にきめ細かな対応をしてくれる存在ではありません。そうしたことを行うのは、あくまでSIerかユーザ側のシステム担当者なのです。世の中では、SIerがクラウドサービスを行っている場合もあり、ユーザもその辺りを混同してしまいがちですが、両者には、そうした面でハッキリした違いがあり、この判決も、そうした違いが反映したものと考えられます。もしも、これがSIサービスに関する契約なのであれば、裁判所も何らかの形で、ユーザの業務に支障をきたしたシステムの責任をSIベンダに求めたことでしょう。しかし、クラウド業者にそうした責任はありません。
クラウド業者にそうした責任を持ってほしければ、自社のニーズにあった適切なサービスメニューを持つクラウド業者を選定するべきでしょう(クラウド業者の場合は、個別に契約を結ぶのは難しいので、基本的にはサービスメニューや約款をよく確認して、自身に都合の良い業者を選ぶことが大切です)。
クラウド全盛の時代になって、ユーザ側の責任と、求められる知識レベルに変化が起きつつあると感じるのは、おそらく私だけではないでしょう。(了)