仮にグローバルSaaSベンダーがロシアから撤退すれば
地政学リスクがIT調達にもたらす影響を理解する上で重要な考え方が「デジタル自由貿易」である。プレンティス氏はその構成要素として、「グローバルベンダーの活用」「国際標準のプロトコル利用」「労働者の自由な移動」「企業内における自由なデータ流通」の4つを挙げた。デジタル自由貿易の前提秩序が安定を欠くようになったトレンドは、IT部門がハードウェア、ソフトウェア、サービスを調達する上で大きな制約になる可能性が高い。IT調達は具体的にどう変わるのか。それぞれの要素で見ていく。
まず、グローバルベンダーの活用に影響しているのが国際情勢である。ロシアのウクライナ侵攻以降、西側諸国に本社を置く企業が相次いでロシアからの撤退を表明した。マクドナルドの事業撤退が象徴的なニュースとして報道されたが、実際は企業ごとに温度差がある。と言うのも、個々の企業で文字通りの撤退が難しい事情があるからだ。
例えば、販売拠点を設置しているわけではないが、生産拠点をロシアに置いている食品メーカーのように、ロシアで生産している商品を別の国で販売している場合がある。冷戦終結後に経済のグローバル化が進んだことで、サプライチェーンからロシアを切り離すことはさほど簡単なことではない。グローバルITベンダーも同様だ。ベンダーの中には、新規顧客への契約を停止しただけで、既存顧客のサポートは継続している場合があるなど、「撤退」と聞いてイメージする事業清算とはズレがあるケースも見られる。
内容がどうあれ、多国籍企業としてのグローバルITベンダーがロシアとの取引を自発的に停止することでもたらされる業績への影響は、さほど大きな問題にならないかもしれない。「売上全体に占めるロシアの割合は比較的小さいため」と、プレンティス氏はその理由を説明する。しかし、多国籍企業のIT調達の観点では、グローバルベンダーの選択の前にリスクの事前アセスメントを実施する必要が出てきそうだ。
仮にグローバルSaaSベンダーがロシアから撤退すれば、ロシアのインスタンスは使えなくなる。クラウドではなく、オンプレミスで複数のインスタンスを運用している場合は、環境全体が使えなくなるわけではないがベンダーのサポートを受けられなくなる。IT部門は、テクノロジーベンダーの意思決定がどのように自社のビジネス継続性に影響するかも検証しなくてはならなくなった。