コロナ禍で一変した、書類と紙、ハンコの文化
これまで紙だった多くのコンテンツやドキュメントは今やその多くが電子化され、何らかの端末から開くことが日常的になっている。しかし日本においては、業務で使う書類の多くが依然紙とハンコで回っているのが現状だ。サービス提供開始当初は、PDFの生みの親でもあるアドビが日本企業へ電子サイン(Adobe Acrobat Sign)を提案しても「うちはまだ紙とハンコでいいよ」と返されることが多かったという。
そうした状況が一変したのが2020年の新型コロナウイルス感染拡大である。緊急事態宣言で多くの人々が在宅勤務に移行する中、書類を扱う業務や部署だけは出社を余儀なくされることも少なくなかった。社員の健康や安全を守り、生産性を高めることが喫緊の課題となったことで、企業はこれまでの「書類は紙とハンコが必須」という常識を真剣に見直すようになった。
「電子化するにしても稟議は?契約書はどうすれば?」と困惑した人は少なくなかったのだろう、救いを求めてアドビのセミナーに参加する人は大きく増加した。それまでアドビが開催していた電子サインのセミナーと比較して、参加者は10倍に増えたという。参加者からは「電子契約する場合、割り印はどうしたらいいのでしょう?」という質問が寄せられたこともあったそうだ。
では電子契約でハンコはどのように変わるのか、そのイメージをしてみよう。実際の業務では何らかの営業支援ツール(SFA)を通じて、顧客にコンタクト、提案、見積といった段階があり、いざ受注にこぎつけたとする。アドビ製品を使うなら契約書のデジタル版はAdobe Acrobatで作成できる。問題は押印やサインをどうするかだ。アドビには電子サインのためのソリューションとしてAdobe Acrobat Signがあり、電子的な署名を施すことができる(詳しくは後述)。
電子サイン(電子署名)に関する海外規則や動きに目を向けてみよう。重要になるのがEUで定められたeIDAS規則だ。これは電子署名、タイムスタンプ、Webサイト認証、eシール、eデリバリーなどの枠組みを規定している。前に発出されていた指令を置き換える形で、2016年からEU全域で発効となった。本来EU加盟国向けではありつつも、米国や日本も含めて世界はeIDASを参考にしている。
日本においては2019年から総務省でトラストサービスに関する検討が進められているところだ。ワーキンググループの資料などを見ると、eIDASを意識しているのがうかがえる。2021年には総務省からeシールに関する指針が公表されており、徐々に構成要素が固められてきている。
一方、技術的な実装も進んでいる。2022年9月27日には、アドビと凸版印刷が「マイナ本人確認」サービスを提供開始した。スマートフォンを利用したマイナンバーカードによる高度な本人確認を行うサービスだ。これにより非対面で高い信頼性と証拠性を備えた本人確認が実現可能となる。仕組みとしては、電子署名を扱う部分はAdobe Acrobat Signの機能を活用している形だ。なお、マイナンバー(公的個人認証)を民間利用するには主務大臣認定が必要で、凸版印刷が主務大臣認定事業者として認められている。
海外では電子署名を用いることで、各種ワークフローの迅速化を実現している。わかりやすいのは新型コロナウイルス対応での給付金業務だ。国ごとに多少の差異はあるものの、各国それぞれが国民や企業に対する支援として給付を行った。電子署名を導入したところは迅速に給付が受給者に届いていた。一方日本では電子申請も可能だったものの、書類申請が多く、給付まで待たされた人が多かったのではないだろうか。
アドビのソリューションは、全米50州全ての政府機関に使われており、行政のモダナイゼーションにも大きく貢献していることから、今後日本でも同様の展開はあり得るだろう。
日本でも、契約業務で電子署名が使われる事例が多く存在する。たとえばソニー銀行では、住宅ローン契約にAdobe Acrobat Signを導入してペーパーレス化を実現した。従来の書面では契約締結まで2~3週間を要していたところ、電子化することで最短1時間程度にまで短縮したという。
細かいことかもしれないが電子署名では収入印紙が不要となるため、コスト削減できるというメリットもある。たとえば5千万円から1億円以下だと、印紙税額は6万円。収入印紙代を負担する側にとって、こういった金額は大きい。