人的資本情報の開示の進め方
──人的資本情報の開示義務化で、何を開示したらいいのかに悩んでいる企業が多いのではないかと想像します。これから取り組みを進める企業は何から始めるべきでしょうか。
大池:人的資本情報開示のガイドラインとしてはISO30414があります。11領域58項目ありますが、そのうち具体的に何を開示するかについては各企業の判断に委ねられています。そうは言っても、プライム上場企業は優先度が高いものから開示していかないと、投資家へのメッセージが弱くなる懸念がありますから、積極的な開示が求められているのです。
一方、社内では把握しようと決めていても、出したくない情報も中にはあります。それが何かは企業によって異なるとしても、全てが次の成長に向けた視点を提供する大事な情報です。開示する情報を基に、どのようなストーリーでこれからの成長ビジョンを示せるかが問われています。具体的には、今はできていなくても、改善に向けて計画している施策を示すことが求められています。その意味では、58項目を参考にしつつ、これから何を重視するかを示すことが最初の一歩になると思います。
──開示が義務付けられる項目の中には、「女性の管理職比率」「男性の育児休業取得率」「男女間の賃金格差」のように、伝統的な日本企業にとっては抵抗感のありそうなものが含まれています。
油布:投資家は「人材が会社に価値をもたらす存在になるのか」という情報以上に、「この企業は人を大切にする会社か」といった経営者の価値観や姿勢を求めていて、それが開示情報で示されると投資先として頼もしく思うでしょう。一方、日本企業は必要以上に数値の結果を気にしすぎるところがあって、悪い結果は恥ずかしくて出せないと考えてしまう傾向があるように感じます。例えば、離職率のように比較的開示は容易なものでも、その数値が高い場合ネガティブな印象を一人歩きさせるリスクがあると考え、積極的に開示したくない意向が強い。代わりに従業員エンゲージメントや満足度調査結果が高い、あるいは労働災害の件数が低いなどの結果数値は積極的に開示し、良い会社であることをアピールしようとします。仮に今は男性の育児休業取得率が低くても、引き上げるために実施する施策や計画の説明を投資家は聞きたいわけです。そのストーリーに説得力があれば、投資家も理解してくれると思います。また、「女性の管理職比率」「男性の育児休業取得率」などは、投資家にとって投資先を横並びで比較しやすいのですが、企業ごとの思惑もありその解釈や伝え方には差が出るかもしれません。
直近では開示方法について相談を受ける機会が多いですが、主な内容は「人材への投資に関する考え方を整理してほしい」「企業価値を高めるためには、今後どういった人材が必要で、企業価値を高めるためには、どんな施策に投資をするのか、それがどういう結果につながったか」などです。そして、その結果から改善に向けた進捗度がわかるよう、数値で目標を管理し継続的に見ていく。このような一連のストーリーを説明してほしいと、お客様にはアドバイスしています。