マシン・カスタマーはビジネス価値をもたらす
2023年1月、シャイベンライフ氏はマーク・ラスキーノ氏と共に『When Machines Become Customers』を出版した。この書籍では、これまで当たり前とされてきた「顧客とは人間、あるいは人間の集まる組織である」という前提が変化したことに焦点を当てている。人間のために行動するのは、知的に強化されたマシン・カスタマーである。書籍の中でのマシン・カスタマーとは、企業に脅威ではなく、ビジネス成長をもたらす存在として捉えられている。マシン・カスタマーは既に存在しており、CIOが注力しようとしている生成AIの活用で、その成長をさらに加速させることも可能だ。
マシン・カスタマーとは何か。シャイベンライフ氏は「支払いと引き換えに商品やサービスを得る人間以外の経済主体」と定義する。人間は取引のプロセスの中で、「サービスを共有する」「最良の取引を交渉する」「メッセージを受け取る」「購入する」「体験を共有する」の5つ全てを実行できる。マシン・カスタマーは、この5つの能力のうち、少なくとも1つを実行できる。例えば、テスラのクルマは自律的に車両を診断し、不具合の予兆を発見したら事前発注サービスを要求できる。人間は何もしなくてもよい。ウォルマートは、AIがサプライヤーと交渉するプラットフォームを運営している。人間のサプライヤーは、自分がAIと交渉しているとはわからないまま、ウォルマートに提案することになる。
現時点のマシン・カスタマーは、人間と同様にこの5つを実行できるわけではないが、将来はできるようになる可能性がある。ガートナーでは、おそらく2028年までに180億のコネクテッドマシンがマシン・カスタマーになると予測している。
また、ガートナーがCEOを対象に定期的に実施している最新調査の結果によれば、「2030年までに、マシン・カスタマーからの収益が自社のビジネスで顕著になる」ことも明らかになった。具体的には、CEOたちはマシン・カスタマー由来の売上が全体の15〜20%になると考えている。現在の米国経済の規模を考えても金額にして数兆ドルになる規模で、無視できない数字だと言えるだろう。
マシン・カスタマーで既存のECサイトは陳腐化する
続いて、シャイベンライフ氏は、企業がこれからマシン・カスタマーを活用していくための3つのシナリオを紹介した。まず、道筋1は、「自社ではマシン・カスタマーを作らないが、マシン・カスタマーを相手に製品やサービスの調達を行う」ものである。次の道筋2は「メーカーとなって、自社でマシン・カスタマーを作り、自社のみから調達を行う」もの、そして最後の道筋3が「マシン・カスタマーを作るだけでなく、自社からも他社からも調達できるようにする」ものになる。
道筋1の場合、自社でマシン・カスタマーを作らないにしても、これまでのように人間だけでなく、マシン・カスタマーを相手に取引ができるようにする対応が必要になる。というのも、取引先がマシン・カスタマーを使い始めたら、マシン・カスタマーに対応せざるを得ないためだ。必ずしも難しいこととは限らない。例えば、英国に本拠地を置く世界最大級の一般消費財メーカーであるユニリーバのテクノロジーリーダーは、「すでにアルゴリズムを相手に商品の販売交渉を行うことがある」と証言している。実際、一般のユーザーの立場でChatGPTを使うと、人間と会話しているような感覚になるのはよくあることだ。
マシンが相手であることに人間は気づいていない。シャイベンライフ氏が挙げたもう1つの例が、米国と英国でAI弁護士アプリの事業を展開しているDoNotPayである。DoNotPayは、元々は駐車違反の切符を切られた時の異議申立てをサポートするために開発されたアプリだが、カスタマーサポートとのやり取りで利用する例が出てきたという。このやり取りがさらに発展するとどうなるか。おそらくマシンが自律的に取引プロセスを完了する能力を持つようになりそうだ。
「今のECサイトの多くは陳腐化すると思う」とシャイベンライフ氏は指摘した。相手がどんな色を好きか。普段どんな音楽を聴いているかにマシンは関心を持たない。マシンが関心を持つのはデータだけだ。クレジットカード情報など、マシンが必要とする情報に自由にアクセスできるようになれば、今のようなECサイトが新しい仕組みに取って代わられる可能性は高い。