ダッソーとNVIDIAがねらう「産業AIの覇権」 鍵は“世界モデル”とフィジルカルAIの実現に
「3DEXPERIENCE World 2026」現地レポート
ダッソー・システムズ(Dassault Systemes)とNVIDIAは2月3日、米テキサス州ヒューストンでダッソー・システムズが開催した「3DEXPERIENCE World」において、産業AI基盤の構築に向けた戦略的提携を発表した。核となるのはダッソー・システムズの「Industry World Models」──生物学、物理学、材料科学といった産業知識を組み込んだ“世界モデル”だ。言語を理解するLLMに対し、Industry World Modelsは物理法則と産業知識を理解する。因果関係、慣性、摩擦、重力、接触といった物理的感覚をAIに教えることで、製造業の設計やシミュレーション、運用を根本から変えていく。本稿では両社の提携を中心に、3DEXPERIENCE Worldでダッソー・システムズが打ち出した「CAD」の将来をレポートする。
産業特化の「世界モデル」構築へ フィジカルAIを牽引したい2社のねらい
ダッソー・システムズは、2025年に開催された同イベントでは、新たな戦略コンセプト「3D UNIV+RSES」を提唱していた。これはバーチャルツイン、AI技術、IP保護を統合した環境で、AIとシミュレーションを駆使することで持続可能性と“高度なものづくり”の両立を図る「Generative Economy(ジェネレーティブ・エコノミー:生成経済)」を実現するための基盤だ。今回発表されたNVIDIAとの提携は、この戦略を加速するものとなる。
ダッソー・システムズが作り上げてきたエコシステムの規模は巨大だ。世界中で4500万人のユーザー、40万社以上の顧客、1500万人以上のエンジニアと研究者を抱えており、日々使用される製品の半分以上──ロボット、ドローン、飛行機、自動車、医療機器、住宅、都市、工場──の製造を支えている。
「3DEXPERIENCE World 2026」基調講演のステージに立ったダッソー・システムズのCEO パスカル・ダロス(Pascal Daloz)氏は、「21世紀の産業は、知識とノウハウを生産する。そして、その知識とノウハウこそが製品を生み出す」と、産業の本質的な変化を指摘した。もはやバーチャルツイン技術は単なるアプリケーションではなく、「ナレッジの工場」として進化している。
イベントで発表された「Industry World Models」は、物理法則を理解する世界モデルにダッソー・システムズが蓄積してきた“産業界のナレッジ”を加えた、エンジニアリング特化型のモデルだ。なお、世界モデルはガートナー・ジャパンが2025年8月に発表した『日本におけるクラウドとAIのハイプ・サイクル:2025年』で注目すべきテクノロジーの1つに挙げた技術でもある。
ダロス氏は汎用型LLMと比較し、「LLMは衛星をつくらず、航空機も設計しない。実際の製品を生み出すのはエンジニアだ。われわれの役割は、そのエンジニアリングを支援することだ」と語る。いわゆる生成AIが表層的な予測や生成に留まるのに対し、Industry World Modelは産業や工学、科学に根ざした「現実世界のAI」として機能するという。
このIndustry World Modelsを実現するためには、膨大な計算能力とAIインフラが不可欠だ。そこでダッソー・システムズがパートナーに選んだのは、NVIDIAだ。
「バーチャルツインとアクセラレーテッドコンピューティングを融合させることで、生物学、材料科学、エンジニアリング、製造の各分野で信頼性の高いシステム設計やシミュレーションが可能になる」(ダロス氏)
実は両社のパートナーシップは25年以上に遡るが、今回の提携は過去最大の規模となる。ダッソー・システムズは「NVIDIA CUDA-X」ライブラリ、「NVIDIA AI」のフィジカルAIとエージェントAI、そして「NVIDIA Omniverse」のデジタルツイン技術を統合。これにより、従来は不可能だった規模と速度での作業が実現できる。そう語るのは、NVIDIA CEOのジェンスン・フアン(Jen-Hsun Huang)氏だ。
この技術的な統合は双方向で行われる。ダッソー・システムズがNVIDIAを採用するだけでなく、NVIDIAもダッソー・システムズのモデルベース・システム・エンジニアリング(MBSE)技術を採用することで「AIファクトリー」を設計する予定だ。1ギガワット規模にもなるAIファクトリーは約500億ドルの投資を要する巨大プロジェクトであり、NVIDIAは最新のAIプラットフォーム「Rubin」をはじめとしたAIファクトリーの設計や計画、シミュレーションをダッソー・システムズが提供するツール群で実施する。これにより、着工前からバーチャルツイン内でネットワークとスーパーコンピューターを稼働させ、実現のための時間とコストを大幅に削減するとした。
そして、ダッソー・システムズは「OUTSCALE」として展開するクラウドを通じて、3大陸にAIファクトリーを展開する予定だ。最新のNVIDIA AIインフラを活用しながら、顧客のデータプライバシー、知的財産保護、データ主権などを保護する。
なお、講演では2社の技術を応用した顧客事例として、日本企業のオムロンが紹介された。
オムロンではダッソー・システムズの「Virtual Twin Factory」と「NVIDIA Physical AI」フレームワークを組み合わせ、設計段階からAIを組み込んだ「SDF(ソフトウエア・デファインド・ファクトリー)」の実現に取り組んでいる。
フアン氏は、「(設計・構築してつくられる)製品は、製造工場に大きく影響を受ける」と指摘。工場設計が製品設計に影響を与える時代において、バーチャルツインを用いて工場全体をシミュレーションし、運用することの重要性を強調した。
ダッソー・システムズとNVIDIAの提携からは、LLMによる第一次AIブームを牽引してきたNVIDIAが世界モデルとフィジカルAIで、次のフェーズを主導したい思惑も透けて見える。
LLMと世界モデルの本質的な違いについてフアン氏は、「LLMはテイストと価値観をもつが、世界モデルは物理法則に従わなければならない」と説明。因果関係や慣性、摩擦、重力、接触──言語だけでは捉えられない、“物理的な感覚”をAIに教える難しさがある。
たとえば、これまで製造可能性の検証、規制への適合といった工程は設計後に組み込まれていたが、世界モデルはフロー自体を大きく変える。「『シフトレフト(上流工程への統合)』により、製造可能性やコンプライアンスを設計の初期段階から組み込み、設計完了時点ですぐに実行可能な状態をつくりだせる」とフアン氏。産業インフラは、今後10年間で投資額が約85兆ドルに達するとの見通しもあるほど巨大な市場だ。ソフトウェアによる定義、AI駆動のシステムが普及すれば、そこにはバーチャルツインが不可欠となる。
「AIはあらゆる産業で基盤となり、インフラとなる。今、ダッソー・システムズが40年前にもっていたビジョンが実現しつつある」(フアン氏)
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末岡 洋子(スエオカ ヨウコ)
フリーランスライター。二児の母。欧州のICT事情に明るく、モバイルのほかオープンソースやデジタル規制動向などもウォッチしている。
※プロフィールは、執筆時点、または直近の記事の寄稿時点での内容です
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