GitHubと米国行政機関に学ぶ「ITSMのAI活用術」──問い合わせ対応の自動化で価値創出へ
Zendesk導入でITサポート業務はどう変わったのか? ユーザーが実体験とノウハウを明かす
公共・教育セクター:限られたリソースでAI活用を成果につなげるには?
民間企業のような潤沢な予算や開発者リソースを持たず、厳しいガバナンスとセキュリティ要件に縛られる公共・教育セクターは、どのようにAIによる自律解決を実現しているのだろうか。Zendeskで公共部門向けセールスを統括するクルト・ヤンセン(Kurt Jansen)氏は、リソースギャップが深刻化する中でAIを導入することの意義を次のように示す。
「公共機関のリーダーは、タイトな予算と限られた人員の中で、市民や学生の高まる期待に応え、サービスを近代化しなければならないという、極めて強いプレッシャーにさらされています」(ヤンセン氏)
登壇者一覧(順不同)
- マシュー・ドゥルーズ(Matthew Drewes)氏:テネシー州安全・国土安全保障省 エグゼクティブITディレクター 兼 最高情報責任者(CIO)
- スティーブン・オーウェンズ(Stephen Owens)氏:テネシー州安全・国土安全保障省 カスタマーサービス・ディレクター
- デイビッド・ロング(David Long)氏:米国人事管理局(OPM) ユーザーサポート部門マネージャー
- ジャッキー・ロセター(Jacqui Rosseter)氏:トーマス・エジソン州立大学 ヘルプデスク 兼 試験管理ディレクター
テネシー州安全・国土保安省:AI回答の参照先を徹底修正で、自律解決率70%を達成
テネシー州安全・国土保安省では、慢性的な人手不足と、長年使用してきたレガシーシステムの運用の限界に頭を悩ませていたという。
同省でカスタマーサービスディレクターを務めるオーウェンズ氏は、行政機関ならではの課題として「公務員を1人採用・配置するまでに最低でも45日以上の期間を要します」と明かす。こうした構造的課題を抱える中でAIエージェントを導入することは、新たな採用や教育にかかるコストを発生させることなく、24時間365日休まず働き、離職の心配もない労働力を手に入れることを意味していたという。
しかし、公的機関においてAI導入の予算と合意を獲得するハードルは低くない。同省のエグゼクティブITディレクター兼最高情報責任者(CIO)であるドゥルーズ氏は、州政府からの予算獲得プロセスを振り返り、こう語る。
「州政府内には『AI評議会』という組織が設置されており、ここでは投資ピッチ番組のように、ITリーダーが知事を含む州政府の幹部に対してAI活用案を直接プレゼンテーションをします。私たちは、AIが行政サービスの利便性を高め、市民に大きな価値を還元できることを力説し、最初のプロジェクトとしての特別予算を獲得しました。従来の電話システムでは40件の着信が重なると回線がパンクして切断されていましたが、AIによる拡張性を提示したことで、懐疑的な眼差しを、一気に期待と熱狂へと変えてみせたのです」(ドゥルーズ氏)
予算を獲得しプロジェクトが始動したのち、同省が注力したのがAIエージェントのハルシネーションを防ぐためのナレッジ統制であった。オーウェンズ氏は「単にAIツールを導入すること自体は、最初のステップに過ぎません。最も重要な仕事は、情報源となるナレッジを徹底的にクレンジングすること。ここを怠れば、悲惨な結果を招くことになります」と強調する。
同省では、州の公式Webサイトである「tn.gov」をAIエージェントが参照する唯一のソースとして定めた。AIが誤った回答をしたり、うまく回答できなかったりするケースを発見するたびに、AI自体の内部設定を直接いじるのではなく、大元である公式Webサイト側の記述を修正・更新していく運用を徹底したのだ。これにより、Webサイト自体の品質向上とAIの回答精度の向上が、完全に同期する仕組みを構築したという。
さらに、行政機関特有の課題である省庁をまたぐ複合的な問い合わせへの対策も組み込まれた。たとえば「他州からテネシー州に引っ越してきたが、運転免許の更新と、車両登録にともなう納税を同時に行いたい」という質問があった場合、免許更新は同省の管轄だが、納税は財務省の管轄となる。こうしたケースに対して同省は、あえて公式Webサイトには公開しないAI専用のナレッジ記事をZendesk内に作成。AIエージェントに「このケースでは、まず当省で免許手続きを案内した上で、財務省のWebサイトへ誘導する」という独自の対話フローを学習させることで、窓口や電話への問い合わせ流入を大幅に削減することに成功した。
ドゥルーズ氏は、「ビジネスプロセスやWebサイト、ナレッジのすべてをITリーダーが直接コントロールできる意思決定権を持たなければ、スピード感を持ってAIプロジェクトを推進することは不可能だ」と断言する。この強固なガバナンスと徹底したナレッジ統制により、同省は運用開始からわずか1ヵ月で「自律解決率70%」という驚異的な成果を叩き出した。
(左から)Stephen Owens, Director of Customer Service, Tennessee Department of Safety & Homeland Security,
Matthew Drewes, Executive IT Director/CIO, Tennessee Department of Safety & Homeland Security
米国人事管理局:現場職員に渦巻く“失業の恐怖心”を変える
国家規模の職員データを扱う米国人事管理局(OPM)では、AI導入プロセスにおけるデリケートな従業員の感情や心理への配慮が共有された。同局のユーザーサポート部門マネージャーであるロング氏は、次のように語る。
「連邦政府セクターでは近年、人員削減が進められており、職員の間には『AIに自分たちの役割が奪われるのではないか』という失業の恐怖心が渦巻いていました。私たちはこの感情を無視することなく、透明性を持ってプロジェクトに臨みました」(ロング氏)
ロング氏がとったアプローチは、最前線で対応にあたる現場職員を、プロジェクトの構想段階から巻き込むことだった。
「AIを『人間を置き換えるもの』ではなく、単純作業を減らし、長文のチケット要約や回答の下書き作成を支援してくれる『強力なアシスタント』として位置づけました。そして、現場のエージェント自身に『AIをどう活用すれば自分たちの業務が楽になるか』のアイデアを出してもらい、ツールの設定変更や改善プロセスに直接関与させたのです。
これにより、AIは上層部から押し付けられた脅威ではなく、自分たちが設計に関わった“愛着のあるツール”へと変わり、当事者意識を持って前向きに受け入れられるようになりました」(ロング氏)
トーマス・エジソン州立大学:不毛な作業を自動化で、学生支援業務に専念
オンライン授業を主体とするトーマス・エジソン州立大学では、週末や夜間に学生からの問い合わせが集中するという課題を抱えていた。同大学のヘルプデスク 兼 試験管理ディレクターを務めるロセター氏は、AI導入におけるマインドセットの転換についてこう語る。
「私たちは職員の意識を、AIによるコストカットや人員削減から、職員一人ひとりの業務成果と価値を最大化することへとシフトさせました。目的は誰かの仕事を奪うことではなく、職員がより高度で複雑な課題解決に集中できる環境を整えることだったのです」(ロセター氏)
以前は、週末に届いた大量のメールの中に「スージー・スミス」という名前だけが記載された問い合わせがあると、月曜の朝から職員総出で「学内に12人いる同姓同名のスージー・スミスのうち、どの学生からの連絡なのか」を特定するために、学生IDや受講コース情報を確認する手作業に数時間を奪われていたという。
AIエージェントの導入後、週末のうちにAIが学生から「学生ID」「登録メールアドレス」「受講中のコース」といった本人確認データをあらかじめ自動収集。月曜朝に出社した職員は、不毛な情報収集作業に時間を取られることなく、学習カウンセリングや履修相談という支援業務に専念できる体制を確立した。
また、ロセター氏は「AIを実際に稼働させて初めて、自分たちが十分だと思い込んでいたナレッジベースに、多くの抜け漏れ(特定部署のナレッジ記事が皆無など)があることに気づかされました。本格稼働の前に、各部門のナレッジの網羅性を徹底的に見直すことが不可欠です」と教訓を語っている。
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小山 奨太(編集部)(コヤマ ショウタ)
EnterpriseZine編集部所属。製造小売業の情報システム部門で運用保守、DX推進などを経験。
※プロフィールは、執筆時点、または直近の記事の寄稿時点での内容です
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