経営層から問われる「AIの投資効果」 ROIを高める鍵は「データ/インフラ/モデル」の“3つの主権”
AI本番運用を阻む「データの分断」を越え、未来の競争力を生む「AI主権」とは
「引き返せない失敗」を防ぐためのファーストステップ
AI主権の重要性と、それを支えるテクノロジーの進化は理解できても、企業が今後どのようなファーストステップを踏み出し、自社のアーキテクチャを再構築すべきかという問いは残る。大規模な次世代システム投資のグランドデザインを描きすぎると、かえって現場のハードルを上げかねない。山賀氏は、「取り返しのつかないことはやってはならない、という意識が現場のIT部門などに強くあります。新しいことを始めるにしても、後で引き返せなくなることが怖いのです」と指摘する。将来の不確実性を踏まえながらも、今から着手でき、必要とあらば途中で引き返せる“現実的なファーストステップ”を用意することが重要となる。
そのためにClouderaでは、2つのアプローチを提示している。第一が「データの可視化と整理」だ。これは社内に分散しているデータがどこから流入し、どのようなプロセスで加工され、どこに蓄積されているのかを可視化する「データリネージ(データの来歴)」の仕組みを導入することを指す。闇雲にデータをクラウドへ集約するのではなく、企業の重要資産であるデータがどこに、どのような状態で存在しているのかを把握し、共通のガバナンスルールやアクセス権限の整理を実現していく。いわば、企業内におけるデータとAIの正確な「地図」を作成することでデータ主権を確立する、というファーストステップの踏み出し方だ。
第二のアプローチが、パブリッククラウドの外部サービスに依存したPoCから一歩踏み出し、独自環境でAIモデルを動かす「プライベートAI」の試行だ。たとえば、クラウドを利用する場合でも、隔離されたプライベート領域を確保し、そこに自社専用のAI推論基盤や独自モデルを組み込み運用してみる。このようなプロセスを通じて、モデルのバージョンや更新タイミングを自社の意思でコントロールする感覚をつかめるようになる。既存業務のデータを直接扱う前に、こうした環境で段階的に試行できることは、“後で引き返す”ためのファーストステップにもなるだろう。このアプローチは、将来的に機密性の高い現場のコアデータを扱う際のリハーサルであり、モデル主権の獲得につながっていく。
もちろん、企業が選ぶべきAI運用モデルの正解は一つではない。ビジネスの特性がすべてWebサービスで完結していて、パブリッククラウドのみで運用する方法が最適ならば、その選択を続けるべきだ。一方、製造業をはじめ、現場に重要なデータを多く抱える企業では、自社のビジネス成長を見据えた際に「分散したまま統合する」ハイブリッドな設計が現実的な選択となる。
ベンダーのロードマップに自社の未来を委ねるのではなく、自らの意思で最適な選択肢を選び、コントロールしつづける。この「AI主権」の考え方を自社の戦略に落とし込み、具体的なアーキテクチャや投資判断に反映していけるかどうかが問われているのだ。そして、その力こそが、これからの激変する時代を生き抜くための企業競争力を左右していくだろう。
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谷川 耕一(タニカワ コウイチ)
EnterpriseZine/DB Online チーフキュレーターかつてAI、エキスパートシステムが流行っていたころに、開発エンジニアとしてIT業界に。その後UNIXの専門雑誌の編集者を経て、外資系ソフトウェアベンダーの製品マーケティング、広告、広報などの業務を経験。現在はフリーランスのITジャーナリスト...
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