日本市場のモバイル戦略は慎重に
SAPがSybaseを手に入れたがった理由のひとつにモバイルという要素がある。
Sybaseはモバイルアプリケーション開発基盤として「Sybase Unwired Platform(SUP)」を有しており、6月3日にはSAPジャパンから新バージョンSUP 2.0の提供開始がリリースされた。HTML5やCSS3など業界標準のモバイル技術に準拠しており、iPhone、BlackBerry、Windows Phoneなどをサポートする。Android対応は第2四半期の予定になるという。また開発者向けのSDKも秋には提供される予定だ。
だがインメモリと同様、モバイルにおいても両社の路線はまったく一緒というわけではない。とくに日本市場においては、Sybaseのモバイル製品に特化した子会社iAnywhereの日本小会社アイエニウェアがSQL Anywhereの販売/サポートを進めてきたという事情があるだけに、今後の棲み分けが微妙になってくると思われるのだが、早川社長は「アイエニウェアがSUP 2.0を販売することは当面ない」と語る(早川社長はアイエニウェアの代表取締役も務めている)。
「SUP 2.0に関しては正直、HTML5の仕様が固まりきっていないので、日本のお客様には売りにくいという側面がある。またSUPはアイエニウェアがこれまで扱ってきたSQL Anywhereとはマーケットが異なる。日本のエンタープライズモバイル市場は独特で、アイエニウェアはお客様の嗜好にあわせたソリューションを提供してきた。当面はこの提供形態が変わることはない」
SAPのモバイルソリューション強化の目的は、当然ながらSAPのシステムをモバイルでも使いやすくすることにある。だがSybaseのモバイル製品はそれ以外のシチュエーションでも実に多くの採用例がある。
とりわけ日本では、現場作業員が携帯する端末にSQL Anywhereが組み込まれて提供されるなど、他の国では見られないユニークな導入事例が目立つ。
「日本では現場作業員が端末を使ってお客さんのいる場所で簡単な分析を行うということが可能だが、他国でも同じというわけにはいかない。日本の市場にあったモバイル製品を提供し続けていくためにもSQL Anywhereおよびアイエニウェアの役割は重要だ」
大企業だけではなく中堅/中小企業にも顧客が多いアイエニウェアだが、SAPによる買収を聞いて「これまでどおりサポートを継続してもらえるのか」という不安の声が多く寄せられたという。「今まで通りサポートは継続する。これもサイベースとアイエニウェアを分けていたから断言できることで、分けていて本当によかったと思う(笑)」とのことだ。
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今後はBI/DWH、モバイルの分野でも両社が協力していくケースが増えていくことになるだろう。"ビッグデータ"というバズワードに象徴されるように、ペタバイト級の大容量データをいかに高速に処理していくことができるかという点に、各ベンダが躍起になっている。そんな中、ASEやSybase IQ、SQL Anywhereといった速さにこだわった製品を地道に展開してきたSybaseは大きなポテンシャルをもっている。SAPが今後、これらの技術をうまく取り込み、市場でのリードを狙うためにも、Sybaseとの関係は非常に重要になる。
買収から1年が経ち、企業規模に加えて、やはり両社の間にある文化の違いを大きく感じると早川社長は言う。「文化が違う企業同士をいきなりにひとつにしない、というトップの判断は正しかったと思う」と振り返る。無理にひとつの箱に押し込めれば必ず反発が起こり、求めていた結果が得られなくなることもあり得る。それよりは現在の環境をできるだけキープし、自然な形での融合を図っていったほうがいい。―今のところ、急激な化学変化を避けたその方針はプラスに働いているようだ。