理系と文系を行ったり来たりの学生時代
とにかく本が好きだった彼女が特に好んで読んでいたのが、学研の『ひみつシリーズ』のような本だった。どちらかと言えば理科系。
「天文や星座のひみつ、病気のひみつなどは、小学生の頃に何度も繰り返し読んでいました。星座の話では1光年とかスケールの大きさにワクワクしました。病気のひみつではどうなると風邪になるのか、因果関係の部分に興味を持ちました」
中学では図書委員になった。小説なども読むようになり、文学少女的要素も出てきた。とはいえ理系女子の興味関心も引き続き保っていた。中学3年で化学を選択、それまでの理科の授業では実験をやる際には5人くらいのグループ単位。それだと自分の思うようにはなかなかできなかった。選択授業であれば、1人か2人で実験を独占できる。さらに担当した先生が実験の考察部分を徹底指導してくれた。なので、失敗したりうまくいかなかったりした場合には、納得できるまで追加実験をやらせてもらえる。それが面白かった。
「実験をやってうまくいかない。解決策を考えてまた実験をする。中学でこういう勉強の仕方を経験できたのは良かったです」
しかし、高校に入学すると、理系要素は少し薄れてしまう。なぜなら洋服を作るのにハマってしまったのだという。
「今考えると被服の世界はプログラミングと似ているかもしれません。設計してそれを自分で作る。なるべくローコストでといった工夫は、プログラミングに通じるところがあります」
自然界のアルゴリズムに導かれて
大学受験では文学少女と理科好きの2面性から、文学か理科系かで悩むことに。結果的には理工系大学を選ぶ。
「社会貢献をしたいと考えたのが理科系を選んだ理由です。文学は触れていて確かに楽しいのですが、会社や社会に役立てるイメージがわきませんでした。理工系は、大学で勉強したことがそのまま会社なりで使えるのではと思いました」
選んだのはピュアなサイエンスではなく応用科学の工学系、青山学院大学の理工学部情報テクノロジー学科に進学した。そして研究室として選んだのはロボット工学だった。しかしロボットとは言っても機械部分ではなく、ソフトウェアをやりたいと思った。
当時、国の補助金がついたプロジェクトがあり、企業との共同研究という形で建築領域で人工知能を活用するための研究を行うことになる。
「バクテリアのタンパク質の構造モデルを、建築の間取り設計に適用するものでした。バクテリアの構造が分子間の相互作用だけで決まるという現象があり、局所的なルールだけで必ず同じ構造になります。それをモデル化して、間取りの最適化に適用できないかという研究でした」(西山さん)
生物の自己認識化や行動、遺伝的アルゴリズムなどを、コンピュータのアルゴリズムにして人工知能に応用する。この時の研究は西山さんの卒業論文テーマとなり、発想が面白いと言うことで結果は国際会議のワークショップで発表することになる。ここで自分の研究成果を発表できたことは、かなり自信になったという。
彼女はすぐには就職をせず、研究を続けるために大学院に行くことにする。選んだのはスコットランドにあるエジンバラ大学だった。
「とくにスコットランドに行くという意識はありませんでした。人工生命の研究がしたいと最初は国内の大学を探していたのです。そのうち別に海外の大学でもいいのかと思い始め、エジンバラ大学に人工生命で有名な先生がいるということで選びました」(西山さん)
結果的にはその先生ではなかったが、エジンバラで人工生命を研究していた教授の下で勉強をすることに。
「アントコロニー・オプティマイゼーションという、蟻の行動を模したモデルを使ってコンピュータで最適な解を探し出す研究をしました。蟻は、自然界で仲間のフェロモンを追いかけて餌を見つけます。時間が経つとフェロモンは消えてしまいますが、それでも彼らは餌を見つけられます。たまに間違った方向に行くこともありますが、基本的にはもっともらしい方向に行くのです。1番の答えではなくても、そのときの最善であろう答えを選びます」
西山さんの構築したモデルは、対抗手法よりもいい結果が得られるようになる。成果は修士論文として認められた。研究の成果は得られたが、エジンバラ大学の大学院での勉強はかなり厳しいものだったという。と言うのも、エジンバラ大学のカリキュラムは、修士大学院の勉強期間は1年間しかなかったのだ。前期でまずは必要な勉強をして試験を受ける。それに合格しなければ、後期の論文研究ができないのだ。
「寝る暇のない日々でした。人生で初の2徹もこのときに経験しました」